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おわりに――二〇二四年は大きな転換点


 裏金問題等で低支持率に喘ぐ自民党。岸田総理大臣の後任を選ぶ自民党の総裁選挙は、候補者が乱立し混戦の様相が強まっている。
 佐藤優元外務省主任分析官は、岸田政権を低支持率という低酸素状態でも生き延びた「深海魚のような政権」と評し、山口二郎法政大学教授は、権力者の公私が融合している「家産制国家へ逆行している」と語る。
 9月1日発売『自民党の変質』は、両氏の対談を通じ、日本政治はこの先どこに向かうのか、自民党、およびこの国の未来を読み解く一冊となっている。

 

おわりに――二〇二四年は大きな転換点 


 二〇二四年春、自民党の裏金疑惑に対する人々の怒りが高まり、この問題への対応を誤れば、自民党は大きな危機に陥るかもしれないという予想はあった。しかし、私から見れば、安倍晋三政権時代にもっと悪質な腐敗はあったわけで、この程度のみみっちいスキャンダルで自民党の屋台骨が揺らぐことはないだろうと、自民党を批判する立場の学者にもかかわらず、高を括っていた。ところが、その後の岸田文雄政権の苦境は想像以上であった。

 何よりも、対談時には予想していなかったが、日本の自由民主党の危機を語ることは世界全体における自由民主主義の危機を考えることにつながること、また二〇二四年が第二次世界大戦後の先進国で自明の前提と考えられてきた自由民主主義という政治体制の根本的な動揺が始まる転機となることを、あらためて今、痛感している。

 二〇二四年夏、イギリスとフランスでは議会が解散され、予期せざるタイミングで選挙が行なわれた。

 イギリスでは七月四日に総選挙が行なわれ、EU離脱以来の政治経済の混乱のなか、保守党が統治能力を失ったことの反映で、労働党が一四年ぶりに政権交代を実現した。しかし、この結果は伝統的な二大政党制が機能したものとは言えない。労働党の得票率はわずか三四%で、敗北した前回選挙からの微増にすぎない。より徹底した移民排斥と反EUを唱える改革党(Reform UK)が得票率を増やし、保守党支持層を掘り崩したことが労働党勝利をもたらした。労働党のキア・スターマー首相にとって、経済的苦境のなかで持論である公共サービスの立て直しを実現することは容易ではない。

 フランスでは二回投票制が採用されており、六月三〇日と七月七日に国民議会の選挙が行なわれた。一回目投票で極右の国民連合が第一位となり、二回目の投票で左派連合とエマニュエル・マクロン大統領与党の中道派が事実上の候補者調整を行なって、最終的な結果は左派、中道、極右の順位となった。しかし、左派と中道は極右の台頭を止めるという以外に共通項はなく、今後の多数派形成は難航することが予想される。

 日本では、七月七日に東京都知事選挙が行なわれた。小池百合子知事が難なく三選を決めたことには、驚きはない。選挙の前にはほとんど無名であった石丸伸二氏が一六五万票を獲得して、第二位になったことは政界に衝撃を与えた。

 石丸氏は市長時代に市議会と対決し、議員を攻撃する議会答弁の動画が注目されていた。しかし、市長選挙の際の選挙ポスター代金の未払いや市議会議員に対する名誉毀損で民事訴訟を起こされ、いずれも敗訴していることに示されるように、およそ社会的常識を持った人物とは思えない。市議会議員に対する攻撃もほとんどサディスティックであり、論理的な批判ではない。彼は、奇矯な発言を好むネット民の寵児である。

 とはいえ、石丸氏が大量に得票したことの意味を冷静に分析する必要がある。私自身も大学や大学院の若い人々に、「石丸推し」の気分について、意見を聞いてみた。彼らの共通した指摘は――十代から四十代の人々は閉塞感が強く、既成の政治家が「苦労している人々に寄り添う」と言ってもリアリティを感じない。そのため、もっとも具体的で戦闘的な破壊のメッセージを伝える候補者に支持が集まった――だった。政治の力で社会を改善できるという楽観のもと、候補者の政策を比較検討したうえで投票行動を取るという、従来の民主主義のモデルが崩壊しつつあることを感じる。

 そして七月一三日、アメリカ・ペンシルベニア州で、トランプ前大統領暗殺未遂事件が起きた。アメリカ政治の分断をいっそう深めることが憂慮される。

 本書のなかで、私と佐藤氏は、自由と民主主義が敵と味方を識別する単純なスローガンに堕した状況を批判し、政治的熟慮の必要性を説いた。しかしそれは、自由と民主主義という価値そのものに対する冷笑ではない。今後もそれらを守るために、政治が陥っている隘路を直視し、現状を改善するための狭い道筋を冷静に見つけることが必要である。そうでなければ、世界は第二次世界大戦以前に逆戻りするかもしれない。

 このタイミングで佐藤氏と本を作ることができ、大変うれしく思う。刊行にあたってご苦労いただいた祥伝社の飯島英雄さんとライターの岡部康彦さんに心からお礼を申し上げたい。

  二〇二四年七月

山口二郎