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手本じゃなくて見本

ボクは「◯◯じゃなくて△△」みたいな表現がどうやら好きらしく、権限と権威とか、負担と負荷とか、今回の手本と見本みたいな、そんな言葉を探してしまってるむきがある。

拙著「今日からはじめる農家の事業承継」にも書いたし、日頃から感じていることだけど、ボクの話してること、書いたこと、ボクの背中は手本じゃない。

手本(読み)てほん
① 文字や絵画などを習うときに、そばに置いて模範とするために書かれた本。臨本。
※宇津保(970‐999頃)国譲上「て本四くわん、いろいろのしきしにかきて」
※源氏(1001‐14頃)若紫「いまめかしきてほむ習はば、いとよう、書い給ひてん」
② 物事を行なうのに、模範とすべき人や物、または行ない。見ならうべきこと。模範。
※平家(13C前)九「是を見給へ、東国の殿原、日本一の甲の者の自害する手本とて」

コトバンクより

手本ではなく、あくまで見本の一つとして見て貰えばいいって思いが、謙遜という範疇を超えて、ある。

手本と見本は、違うのだ。

見本(読み)みほん
1 商品などの質や形状を買い手に知らせるために示す品。また、そのために作った物。サンプル。「実物見本」「束つか見本」
2 具体的な例。手本。「使い方の見本を示す」

デジタル大辞泉

んっ?


ちょっとぉぉぉぉ!

(見本の辞典に「手本」て書いちゃってる…ボクの主張を矛盾させんじゃないよデジタル大辞泉…🥺)

つまりは、
手本→模範
見本→基準
くらいに思ってて欲しいという趣旨。

あるいは
手本→ゴール
見本→スタート
くらいに思ってて欲しい。

結局は模範も基準と変わんないっちゃ変わんないけど、
◯ボクの経験はベターな点があるかもしれないけどベストじゃない
◯失敗の経験も多いし、同じ轍は踏んでほしくない
◯ボクの知見にプラスオンしてよりベターな道を見つけてくれた方が嬉しい
というのが本心なのだ。

「過去に追いついてどうする、未来に向かえよ。」という感覚ね。

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