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読書ログ 『エンベデッド・ファイナンスの衝撃』

どんな本?

 NRIで先端ITのインパクトを研究する著者が、エンベデッドファイナンスの事例や今後の展望を体系的に解説する本。国内外の事例の掲載数が豊富であり、身近に使われている金融サービスのカラクリなどにも切り込んでいるため、ただサービスを眺めているだけでは分からないエンベデッドファイナンスの奥行きを理解することができる。

 ニュースサイトでも数多く特集が組まれるなど、金融業界におけるここ数年のホットトピックだが、業界の全体像を理解するのに大いに役立つ。実際のサービス画面も含む図表も豊富でわかりやすい。

おすすめ度

★★★★☆(事例が豊富で、読むだけでビジネス感覚が磨かれる)

こんな人におすすめ

・金融業界に勤める人
・フィンテックを理解したい人
・業界を跨いだ新規事業を検討する人
・UI/UXの感覚を磨きたい人

 仕事柄エンベデッド・ファイナンス(インシュアランス)を担当しているので概念や主要プレイヤーは一通りわかっている前提で、体系化しておきたい学びや、この本ならではの気付きを以下に記載する。

エンベデッド・ファイナンスの意義

■PF目線

 幅広い顧客接点を持つ非金融企業がその利点を生かし、顧客が金融サービスを必要とするタイミングを逃さず、タイムリーに提供していく

■金融機関目線

集客力あるPFと連携して効率よく消費者にリーチし、マーケコストの節約やパーソナライズできるなどのメリットがある。「商流を抑えれば金流もついて来る」


エンベデッド・ファイナンスの潮流

■Fintechの振興による金融機能のアンバンドル化→オープンAPIによるフィンテック企業と銀行の協業と来て、第3波がエンベデッド・ファイナンス。

■金融サービス仲介業が法的に認められたことで、日本国内のエンベデッド・ファイナンスは加速するとみられる。例えば不動産会社が契約のタイミングと同時に住宅ローンを提供できるようになる。

■エンベデッド・ファイナンスはGAFAなどの非金融テック企業の台頭やコロナにより加速したが、顧客ニーズを作り出すまでは至っていない。JPモルガン・チェースはミレにある世代向けのモバイル専業銀行”Finn”を1年で閉鎖したし、ウエルズ・ファーゴも同様に”Greenhouse“の新規申込を3年弱で停止した。

■大きく分けて決済・貸付・保険・投資・銀行の5領域があり、決済が先行、投資が遅れている


エンベデッドファイナンスの主要プレイヤーと業界例

■非金融企業

・顧客との接点を持つ企業。いわゆるブランド。
・イネーブラーが提供するBaaSなどを利用し、最終的に消費者に金融商品/サービスを提供
・メルカリ、ヤフー、KDDI、Apple、Google、Uberなど
※ちなみに、セブンやイオンなどは非金融企業でありながら傘下に銀行免許を持つ企業を持って金融サービスを提供しており、これら3つの役割を垂直統合している例といえる。

■イネーブラー

・非金融企業に対してBaaSなどのAPIを通じて金融商品やサービスを提供
・日米ともにフィンテック企業がこのポジションを取っているが、日本では一部ライセンスホルダーである銀行等がイネーブラーを兼ねているケースあり(住信SBIなど)
・Finatext、スマートプラス、インフキュリオン、Marqeta、Galileo、Finix、Synapse、Solarisbank、Stripeなど
※必ずしも1社がAPI構築と金融機能提供の両方を担っているわけではない。例えばPlaid(Visaが2020年に買収発表するも独禁法により断念)は企業と銀行をつなぐAPIの提供に専念しており、CoinbaseやRobinhood、Wiseなどのフィンテック企業が利用している。

■ライセンスホルダー

・金融の免許を保有し、金融商品やサービスを非金融企業に提供
・日米ともに銀行等がこのポジションをとっているが、日本では一部フィンテック企業がライセンスを得ているケースあり(少額短期保険会社など)。米国は日本に比べて免許取得難易度が高い。例えばネオバンクのVaro Bankは2015年の創業すぐに銀行免許の取得申請をしたが、免許取得は2020年7月だった。米国のtoCフィンテック企業で銀行免許を取得できたのは、Varo Bankが初。
・住信SBIネット銀行、新生銀行、みんなの銀行、Green Dot Bank、BBVA、Cross River Bank、Goldman Sachs


主要企業やサービスの紹介

■Stripe

 ECサイトやモバイルアプリに決済処理機能を容易に組み込めるAPIを提供しており、この分野では非常に高いシェアを持つ。”Stripe Treasury”はGSやシティバンクなどの銀行パートナーと提携し、銀行機能を非金融企業へAPI提供する(あくまでStripeがやるのは銀行業務の呼び出しなので、銀行機能を提供するライセンスホルダーと組む必要がある)。これにより、小売業者がオンラインショップを開設する際にわざわざ銀行に行って口座を開く手間が省ける。また、米国の送金ネットワークの一つであるACH(Automatic Clearing House)を使用した送金が可能になる。
 Stripeは物理・仮想カードの作成・配布・管理を行うプラットフォーム”Stripe Issuing”も提供しており、これを組み合わせることでカードを発行して口座に接続することもできる。

■Amazon

 カゴ落ちを防ぐための「ワンクリック購入」は1997年に特許出願。売上は5%もUP。Amazon Goではレジの支払不要(UberやLyftなどのライドシェア、バークレイカードによる”Dine & Dish”など、支払をする必要すらない決済UXは増えてきている)。

■Google

 Googleマップと駐車場の検索・決済アプリを開発するPassport、ParkMobileが組んでm注射とともに自動でグーグルペイで駐車料金が決済される世界を実現。乗換案内から公共交通機関の運賃支払いも可能に。

■BNPLサービス

 Affirm(アメリカ)、Klarna(スウェーデン)、Afterpay(オースラリア)、Paidy(日本)、ネットプロテクションズ(日本)らが代表的なプロバイダー。例えばAffirmは以下のモデルをとっている。
購入者がAffirmのBNPLを選択→Affirmがリアルタイムに審査し利息を提示→条件が購入者に受け入れられれば提携した銀行(Cross River Bankなど)からローンを提供。加盟店へ支払い(加盟店手数料控除)→Affirmは銀行からそのローンを買い取る→買取とともに、加盟店手数料を銀行からAffirmに支払う。

 銀行は単にローンの提供先が増え、加盟店は手数料を払って魅力的な分割払いサービスを提供できるので販促につながり、購入者はカードがなくともローンで欲しいものを買え、Affirmは手数料で儲けられるという仕組み。カリフォルニアのスタートアップ、Upliftは旅行資金に特化したBNPLを提供。旅行代金支払い時に「Uplift」を選択すれば数秒の審査を経てローンでの支払いが可能になる。ローンを提供するのはライセンスホルダーのCBW Bank。→本来ライセンスホルダーが直接提供できうるビジネスだが、ライセンスホルダーには優秀なエンジニアがいないため、間にイネイブラーが入る構図になっている。

 ちなみに日本では後払い決済サービスは「信用購入あっせん業」に整理され、割賦販売法により規制されるため、BNPLを提供するフィンテック企業は銀行などのライセンスホルダーと組む必要がない。というか、個別信用あっせん業者への登録が必要なので(免許より相当楽)定義上はライセンスホルダーを兼ねることになる。つまり、小売企業と「イネーブラー兼ライセンスホルダー」のBNPLフィンテック企業が組むだけでBNPLサービスが完結する。

■中小企業融資サービス

 例えばeBayはCEBS(Capital for eBay Business Sellers)という出店企業向け融資サービスを提供している。このサービスはフィンテック企業のYouLendと提携して実現しており、3ヶ月以上出店、毎月650ドル以上売り上げる企業には最大130万ドルまで融資可能。返済は売上金から自動に行われる仕組み。

■オンデマンド保険

 simplesuranceやANAのそらもよう、ヤフオク保険など。米国の自動車販売サイトでは、組込型保険PFの”Salty”と連携して、自動車の購入から保険の加入までをネット完結させている。

 自動車メーカーが保険を提供するケースも増えており、テスラはState National Insurance、フォードはNationwide Mutual Insurance、BMWはMunich Re傘下のGreat Lakesとそれぞれ提携している。特にテスラは車そのもののセンサーを活用することでPHYD、PAYDの世界観をシームレスに実現しようとしており、イーロン・マスクは「将来的に保険事業は収益の30~40%を占める可能性がある」とも語っている。マイクロソフトはスタートアップのSlice Labsと提携し、Office製品のサイバー保険を提供しており、企業が後からサイバー保険に加入する必要がない。

 このように、ユーザーに近い事業者がデータをシームレスに取り、その事業者が(ライセンスホルダーと組んで)直接保険を提供することで、消費者は保険加入が楽になるだけでなく、製品の使用状況に応じて保険料のディスカウントがなされるなどの便益を受けることができる。

■投資

 最も立ち上がりが遅く、今はお釣り投資などにとどまっている。例えばNTTドコモが提供する「dカードおつり積立」はdカード決済の端数を自動運用するサービスだが、ドコモは金融商品仲介業者としてサービスの媒介をするだけで、実際にサービスを提供するのは提携先の「株式会社お金のデザイン」である。

■バンキング

 非金融企業が金融サービスを行う土台となるスキームを提供する。例えばライドシェアのLyftはライセンスホルダーのStride Bank、アプリ事業者のPayfareと組んで、ドライバー向けの自社ブランド銀行口座を提供している。Lyftが自社口座を提供すると①ドライバーが即座に給与を受け取れる②ギグワーカー向けの経済的支援(ATM手数料無料、公共料金支払いなどに対するキャッシュバックなど)ができるなどのメリットがあり、優秀なドライバーの囲い込みにつながる。

 ウォルマートはグリーンドットバンクとの連携によりウォルマート経済圏を築いている。高利回りの貯蓄機能やキャッシュバック機能、給与口座に指定すれば給与の先払いサービスをするなど。グリーンドットバンクとしても、営業収益の27%を占めるなど大きな収益源となっている。

■Shopify

 BtoBのエンベデッド・ファイナンスを複合的に提供している。
①決済:StripeのPFを使ったShop Payを提供。Apple payやGoogle Payにも対応していて、決済の度に情報入力する必要がないのでカゴ落ちが防げる
②BNPL:Shop Pay Installmentという分割払いサービスをAffirmと提携して提供。4回払いが金利・手数料ゼロ
③融資:toB融資のShopify Capital。売上から差し引いての返済が可能。
④銀行:StripeのBaaSをエボルブ・バンク&トラストをライセンスホルダーに立てて活用したShopify Balanceを提供。個人の口座と分けたい小規模事業者向けのサービス。

■Goldman Sachs

 BaaSとTransaction Banking(法人顧客に資金管理や決済サービスを提供する金融サービス)に進出。Apple Cardはカード講座の運営に伴う債務や請求にまつわる業務をGSが請け負い、Apple自身はカードの発行・決済に必要なライセンスを取得していない。そのため、カードの申し込みからActivationまでのプロセスなど、同社の世界観を体現したUXの提供に注力できるようになっている。また、AmazonやウォルマートのEC出店者向けにラインオブクレジットという少額運転資金融資を行っている。なお日本の銀行業免許を21年7月に取得した。Transaction Bankingの提供が主な目的とみられる。

■Google

 Google Payのウォレット機能はアメリカ、インドのみでリリースされており、その他の国ではカードを登録して決済できる機能に留まっている。買収したPringは日本の50位上の銀行と提携して送金網を構築しているので、日本におけるウォレット機能実装も期待されている。
 2020年11月には米国で”Google Plex”という金融サービスを発表し、口座開設、デビットカード発行、クーポン提示連携などができるようになる見込みだったが、21年10月に大手銀行とのハレーションから断念し、デジタルイネーブラーに回ることに。もともとGoogleは銀行にはならず、11の銀行や信用組合をライセンスホルダーとする予定だった。


国内事業会社とイネーブラーの役割分担

 日本では、事業会社が銀行代理業の許可を内閣総理大臣に申請する必要がある。金融商品仲介業や保険代理店は「登録」で済むが、銀行代理業は許可が必要と規制が厳しい。許可が得られたらパートナー企業と銀行代理店契約を締結し、必要な銀行サービスをBaaSとして提供する。事業会社は自ら銀行免許を取得せず、高いセキュリティ機能を備えた自社ブランドの金融サービスを提供できる。

■住信SBIネット銀行

 2016年3月に国内銀行では一番早くAPIを公開。NEOBANKというBaaSを提供。JAL(海外で使える多通貨プリペイドカードや、マイレージバンク会員向けの銀行サービス)、CCC(T会員限定で口座開設ができ、ポイント運用が可能)、ヤマダ(ヤマダデジタル会員向けの銀行サービス)などと協業。
 また、ハウスメーカー・ゼクシィな経由で住宅ローンを提供。

■GMOあおぞらネット銀行

 2018年7月とネット銀行の最後発。「かんたん組込型金融サービス」を提供。従業員の40%がエンジニアで、24種類のスタンダードAPIを無償で公開している。2021年6月時点で飲食・不動産などの業種137社とAPI接続契約を結んでいる。sunabar/ichibarという場を提供し、金融機能を自由に開発して出品できるオープンイノベーションを実装している。

■アプラス(新生銀行グループ)

 資金移動業および前払式支払手段発行業の登録があるグループ企業のアプラスを事業主体として、2020年3月からBANKITというBaaSを提供している。口座開設をせずとも利用できるため、口座を作りにくい在留外国人等も利用可能。また、インフキュリオン(QR決済に対応したウォレット機能の”ウォレットステーション”を提供)やアイリッジ(クーポン配信やプッシュ通知によるマーケティングプラットフォーム”FANSHIP”を提供)など別のフィンテック企業の金融機能も搭載できる。

■Finatext

 2013年設立。子会社のスマートプラスを通じて2019年に証券サービスの提供を希望する企業向けのBrokerage as a Service事業を立ち上げ。スマートプラスは金融商品取引業者のライセンスを持つため、BaaS利用者は金融商品仲介業のライセンスを持つだけでOK。クレディセゾンとの「セゾンポケット」、ANA Xとの「Wealth Wing」などの提供を行っている。

 また、保険分野でも2020年9月から「Inspire」を提供開始。保険商品の提供・管理機能だけでなく、既存の顧客基盤との連携機能による情報入力の簡素化など、高い顧客体験を実装している。2021年1月にあいおいがInspireを活用した「デジタル募集基盤」を開発し、非金融企業への保険システム提供(BaaSの保険版)を志向している。あいおいとFinatextは2019年4月に「スマートプラス少短」を設立し、サービス埋め込み用のキャンセル保険を開発した。

■インフキュリオン

 2006年設立。設立当初は決済事業者と加盟店を接続するために必要となる決済端末やアプリなどのソリューションを開発していたが、自動貯金アプリfinbeeやBaaSサービスWallet Stationなどフィンテック事業に進出。Wallet Stationはサービス事業者オリジナルのウォレット構築ができるサービスで、新生銀行のBANKITやりそな銀行、鹿児島銀行のアプリで採用されている。


エンベデッド・ファイナンスの提供パターン

■ホワイトレーベル型

 完全なホワイトレーベルとしてサービスを事業会社に提供し、エンドユーザーからは金融機関名がほとんど見えないパターン。GMOあおぞらネット銀行などが志向。名より実を取ることに割り切れる中小規模の金融機関やスタートアップが取る戦略。

■共同ブランディング型

 事業会社と金融機関がともに自社名を前面に出していくパターン。例えばGoogle Plexは提携したシティグループやBBVA、グリーンドットバンク、シアトルバンクなどの提携先が表に出ていた。日本でもセブンイレブンアプリ内のPayPay機能は共同ブランディングの形式をとっている。事業会社は金融会社名を出すことで信用を手に入れることができる。

■フルブランディング型

 金融サービスのプロバイダー名が前面に出るパターン。アマゾン上のPaidyや、新興D2Cサイト上のAmazon Payなどが該当。

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