日本による対韓「制裁」(安全保障管理法令)

主要紙の反応から

7月上旬はこの話題で持ちきりだった。安全保障に関する貿易法令の枠組みは非常に複雑なので、間違った報道も少なくなかった様だが、まずは主要紙の報道から概要を見ておこう。

7月2日付の産経新聞は社説「主張」の中でこういう。

経済産業省が韓国に対する輸出管理規制の運用を見直し、半導体の製造過程に必要な材料の輸出許可などを厳格化する措置を発表した。日韓の信頼関係が著しく損なわれ、これに基づく輸出管理が困難になったという理由である。「徴用工」訴訟や慰安婦問題、自衛隊機への火器管制レーダー照射など、文在寅政権が執拗(しつよう)に繰り返す反日的な行動は枚挙にいとまがない。抗議を重ねても馬耳東風を決め込む韓国に対し、法に基づく措置で対処するのは当然だ。国家の意思を毅然(きぜん)と示す意味は大きい。(略)スマートフォンやテレビなどに使われる半導体関連材料について輸出手続きを簡略化できる優遇措置をやめる。法令順守が適切でない事案があり、輸出管理を徹底することにした。個別輸出ごとの申請が必要となり、これまでより輸出に時間がかかる。また、国と国の信頼関係に基づいて輸出管理を緩くする「ホワイト国」から韓国を外す。いずれも優遇措置をなくすだけであり、禁輸などの新たな規制ではない。この点は冷静にみるべきだ。 半導体など安全保障にかかわる物品は世界貿易機関(WTO)で輸出管理が認められている。制度運用は各国それぞれであり、信頼が喪失した国への優遇措置をやめる判断はあって当然だ。これをもって自由貿易に反するなどと批判するのは適切ではない。

一方で、7月3日付の朝日新聞社説は真逆だ。

政治的な目的に貿易を使う。近年の米国と中国が振りかざす愚行に、日本も加わるのか。自由貿易の原則をねじ曲げる措置は即時撤回すべきである。安倍政権が、韓国への輸出の規制を強めると発表した。半導体をつくる材料の輸出をむずかしくするほか、安全保障面で問題のない国としての優遇をやめるという。日韓には、戦時中に朝鮮半島から労務動員された元徴用工への補償問題がくすぶっている。韓国政府が納得のいく対応をとらないことに、日本側が事実上の対抗措置にでた格好だ。(略) 日本政府は徴用工問題を背景に認めつつ、「韓国への対抗措置ではない」などとしている。全く説得力に欠ける。なぜいま規制なのか、なぜ安全保障に関わるのか、具体的な理由を国内外に堂々と表明すべきだ。

経産省の発表

経産省の2019年7月1日のニュースリリース「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」にはこうある。

輸出管理制度は、国際的な信頼関係を土台として構築されていますが、関係省庁で検討を行った結果、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況です。こうした中で、大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え、大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこともあり、輸出管理を適切に実施する観点から、下記のとおり、厳格な制度の運用を行うこととします。
1. 大韓民国に関する輸出管理上のカテゴリーの見直し
本日(7月1日)より、大韓民国に関する輸出管理上のカテゴリーを見直すため、外為法輸出貿易管理令別表第3の国(いわゆる「ホワイト国」)から大韓民国を削除するための政令改正について意見募集手続きを開始します。
(参考)https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public
2. 特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え
7月4日より、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の大韓民国向け輸出及びこれらに関連する製造技術の移転(製造設備の輸出に伴うものも含む)について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行うこととします。
(参考)https://www.meti.go.jp/policy/anpo/law09.html

「ホワイト国」の方は意見募集手続のフェーズに対して、3品目は輸出審査の開始、で両者には少し隔たりがあることがわかる。実際にリンクを見てみると、前者はE-Govのパブリックコメント:意見募集中案件一覧に繋がるのに対して、後者は経産省の通達に飛ぶ。


ホワイト国とは

一般に外為法と略される法律の正しい名称は「外国為替および外国貿易法」であり、為替だけでなく、貿易に関する制限も定めている法律だ。元々この法律は色んな外貨取引について多くの規制を設けていたが、自由化と共に1998年に抜本的な改正がなされ、資本取引の「事前届出・許可制」を原則として廃止、代わりに対外取引を行った後に当該取引の内容を財務大臣や事業所管大臣等に事後的に報告する「報告制度」を基本とし、許可や事前届出を要するのは、経済制裁や一部の直接投資・技術導入に限られるようになった。今回の焦点はそういった例外的に定めている部分について、だ。

事実、外為法の第6章「外国貿易」は

第四十七条 貨物の輸出は、この法律の目的に合致する限り、最少限度の制限の下に、許容されるものとする

から始まっている。

そして今回話題となっているのは、その次の条文、

第四十八条 国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。

である。

この条文の「政令」とは、「輸出貿易管理令」のことだ。

輸出貿易管理令
第一条 外国為替及び外国貿易法(昭和二十四年法律第二百二十八号。以下「法」という。)第四十八条第一項に規定する政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出は、別表第一中欄に掲げる貨物の同表下欄に掲げる地域を仕向地とする輸出とする。
2 法第四十八条第一項の規定による許可を受けようとする者は、経済産業省令で定める手続に従い、当該許可の申請をしなければならない。

とある。そして、この「別表第一」には、16の項目に渡って規制種目がずらっと並んでいる。たとえば、一つ目で言うと、

(一) 銃砲若しくはこれに用いる銃砲弾(発光又は発煙のために用いるものを含む。)若しくはこれらの附属品又はこれらの部分品
(二) 爆発物(銃砲弾を除く。)若しくはこれを投下し、若しくは発射する装置若しくはこれらの附属品又はこれらの部分品
(三) 火薬類(爆発物を除く。)又は軍用燃料
(略)
(十七) 軍用人工衛星又はその部分品

と言った具合にリスト化されている。これがいわゆる「リスト規制」である。これらの製品の輸出にはどこの地域に輸出しようが関係なく事前に許可が必要になる。

ところが、この輸出貿易令には4条において例外規定が定まっている。
第四条 法第四十八条第一項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。ただし、別表第一の一の項の中欄に掲げる貨物については、この限りでない。
一 仮に陸揚げした貨物のうち、本邦以外の地域を仕向地とする船荷証券(航空貨物運送証その他船荷証券に準ずるものを含む。)により運送されたもの(第三号及び第四号において「外国向け仮陸揚げ貨物」という。)を輸出しようとするとき(別表第三に掲げる地域以外の地域を仕向地として輸出しようとする場合にあつては、次に掲げるいずれの場合にも該当しないときに限る。)。
イ その貨物が核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置又はこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機であつてその射程若しくは航続距離が三百キロメートル以上のもの(ロ、第三号及び第十四条において「核兵器等」という。)の開発、製造、使用又は貯蔵(ロ及び同号において「開発等」という。)のために用いられるおそれがある場合として経済産業省令で定めるとき。
ロ その貨物が核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあるものとして経済産業大臣から許可の申請をすべき旨の通知を受けたとき。

この「別表第三」こそ、ホワイト国リストである。現在はこうある。

別表第三(第四条関係)
 アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、大韓民国、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、アメリカ合衆国

そして、前出の経産省の意見募集窓口にある法令変更のドラフトには、

輸出貿易管理令(昭和二十四年政令第三百七十八号)の一部を次のように改正する。
別表第三中「、大韓民国」を削る

とあり、これが「ホワイト国削除」の本質である。


特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切替

こちらはさらにもう一段、話がややこしい。先の経産省通達は、

「輸出貿易管理令の運用について」等の一部を改正する通達を次のとおり制定する。(略)
「輸出貿易管理令の運用について」(昭和62年11月6日付け62貿局第322号・輸出注意事項62第11号)、「外国為替及び外国貿易法第25条第1項及び外国為替令第17条第2項の規定に基づき許可を要する技術を提供する取引又は行為について」(平成4年12月21日付け4貿局第492号)、「包括許可取扱要領」(平成17年2月25日付け平成17・02・23貿局第1号・輸出注意事項17第7号)及び「輸出許可・役務取引許可・特定記録媒体等輸出等許可申請に係る提出書類及び注意事項等について」(平成24年4月2日付け平成24・03・23貿局第1号・輸出注意事項24第18号)の一部を(別紙1)から(別紙4)までの新旧対照表のとおり改正する。
附 則
この通達は、令和元年7月4日から施行する。

としている。

「輸出貿易管理令の運用について」とは読んで字のごとく、上記管理令を運用するにあたっての細かな手続を定めたものだ。この中に、「輸出の許可」に関する取り決めが細かく書かれている部分があり、ここを変更する。
このルールにも別紙が存在し、「輸出令別表第1貨物に係る許可事務の取扱区分」というタイトルの下で、1 経済産業局又は沖縄総合事務局において輸出の許可を行う貨物、2 安全保障貿易審査課において輸出の許可を行う貨物として事細かに取り決めがなされているが、その最後の行に
(注)「い地域①」から「ち地域」までの各地域とは、それぞれの地域名の欄において丸印を付した項に該当する左欄に掲げる国・地域をいう。

として国の個別名がずらりと並び、い地域①~ち地域まで各々丸印が付いている。今回の特徴は、従来、アメリカ・イギリス・オーストラリアと共に「い地域①」に並んでいた韓国が、そこから外され新たに作られた「り地域」に移されたことだ。

そして、その「り地域」専用の条項として

(11の2)輸出令別表第1の5の項(17)に掲げる貨物のうち、貨物等省令第4条第十四号ロに該当する貨物であって、「り地域」を仕向地とするもの
(11の3)輸出令別表第1の7の項(19)に掲げる貨物として貨物等省令第6条第十九号に該当する貨物であって、「り地域」を仕向地とするもの

が追加された。

それぞれ
別表第1の5の項(17)とは、(十七) ふっ化ポリイミド又はふっ化ホスファゼン
別表第1の7の項(19)とは、(十九) レジスト
である。

一方、「包括許可要領」とは、その冒頭に書かれている通り、

外国為替及び外国貿易法(昭和 24 年法律第 228 号。以下「法」という。)第 48 条第1項の許可であって特定の地域を仕向地とする特定の貨物の輸出について一括して許可を行うもの及び法第 25 条第1項の許可であって特定国において特定の技術を提供することを目的とする取引又は特定国の非居住者に特定の技術を提供することを目的とする取引について一括して許可を行うものについて、一般包括許可、特別一般包括許可、特定包括許可、特別返品等包括許可及び特定子会社包括許可の要件、許可に付する条件、各種手続き及び有効期限等を次のとおり定める

として、包括許可という例外を定めるものだ。詳細は省略するが、ここでも「り地域」が出てきており、例えば新しく定める条文の中で、

(いずれも「い地域①」及び「り地域」(次のいずれかに該当する技術の「り地域」を提供地とする場合を除く。)以外の地域についての確認を行えば足りる。)

として特別に「り地域」を除くことで、実質的な排除を完成させている。

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