マクリーン事件(S53/10/4)

【概要】


外国人の人権保障を語る際に必ず出てくる判例の一つ。アメリカ合衆国国籍を有する原告ロナルド・アラン・マクリーンが、在留期間の延長を申し出たところ、法務省入国管理局は「無届転職」および「政治活動への参加」を理由に期間の延長に相当の理由なし、としてこれを更新しなかったというもの。具体的には、「A語学学校に英語教師として雇用されるため在留資格を認められたのに、入国後わずか17日間で同校を退職し、財団法人Bに英語教師として就職し、入国を認められた学校における英語教育に従事しなかつた」点と、「上告人は、外国人ベ平連に所属し、・・・同月7日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行うなどの政治的活動を行つた」点だ。
本件処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであり、憲法の保障を受ける上告人のいわゆる政治活動を理由として外国人に不利益を課するものであつて、本件処分を違法でないとするのは憲法に違反するとして争われた。
なお、「ベ平連」とは、「ベトナムに平和を!市民連合」の略。1965年に開始されたアメリカ軍による北ベトナムへのいわゆる北爆(ローリングサンダー作戦)で一般市民の死者が増えたことを契機に各地で起こった反戦運動のための政治集団であるが、今回のマクリーンが所属していた外国人ベ平連はまたこれとは別の組織の様だ。判決文によると、「昭和四四年六月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるベ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない」とある。

【条文】


憲法
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

出入国管理令は、「出入国管理及び難民認定法」の前身。今回は21条3項が話題になった。
第二十一條 本邦に在留する外国人は、現に有する在留資格を変更することなく、在留期間の更新を受けることができる。
2 前項の規定により在留期間の更新を受けようとする外国人は、外務省令で定める手続により、長官に対し在留期間の更新を申請しなければならない。
3 前項の申請があつた場合には、長官は、当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。
4 前項の許可があつたときは、当該外国人は、外務省令で定める手続により、長官又は入国審査官から旅券に記載された在留期間の書換を受けなければならない。

行政訴訟法
第三十条 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

【判決】


一審は原告の請求を認め、法務大臣の不許可処分を取り消した。主なポイントは、
●令21条3項所定の在留期間の更新の許可は、「更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」されるのであるが、日本国憲法の前文および98条は、国際協調主議を建前としており、また、令21条1項は、日本在留の外国人に対し在留期間の更新をうける権利を与えており・・日本に適法に在留している外国人は、在留期間満了後も令24条各号の要件またはそれに準ずべき事由その他とくに著しく不適当な事情がある場合を除いては、原則として在留期間の更新を受けることができるものと解すべき
●原告の在留資格を最も狭く解釈しても、それは英語教師として勤務する資格であるというべきところ、・・・原告の右資格には全く変動がないのであるから、在留資格外の活動をしたことにならないのはいうまでもない。また、日本国憲法22条は、外国人に対しても転職の自由を保障しているというべきであるから、原告の同一在留資格内での転職を理由に本件処分のような不利益処分をすることは許されない
●原告は、ベトナム侵略戦争を非人道的な許すべからざるものと考え、これに対する反対の意思表明を、集会、デモ行進、ビラまき、反戦放送などの合理的かつ平和的手段によつて行なつてきたものであるが、これは、アメリカ合衆国政府の戦争政策に反対する政治的行為であることはいうまでもないが、同時に人間の良心から出発した思考の末やむにやまれずした表現行為であつて、日本国憲法21条の保障する基本的人権の行使であるから、これを理由として在留期間更新の不許可処分をすることは許されない

高裁は、こう言い返し原審を否定する。要は在留期間中の政治活動保護と、在留期間延長の適否の話は別だ、というのである。
●しかしひとたびこの外国人に在留期間の更新を許すべきかどうかとなれば、問題はおのずから別である。すなわち、適法に在留する外国人はその定められた在留期間内に在留目的を達成して自ら国外に退去するのがたてまえであり、国は自ら在留を許した外国人には、その在留期間内に限つて活動を保証すれば足りるのである。たまたま在留外国人が期間内にその目的を達成しがたい等によつて在留期間の延長の必要が生じたときは、当該外国人は令21条によつて期間の更新を受けることができるとしているが、その更新の申請に対しては、法務大臣は更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができるのであつて、その相当の理由の有無については法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものというべく、このことは外国人の受入れが基本的には、受入国の自由であることに由来する。法務大臣は許否の決定に当つては申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留期間中の行状、国内の政治、経済、労働、治安などの諸事情及び当面の国際情勢、外交関係、国際礼譲など一切の事情をしんしやくし、窮極には高度の政治的配慮のもとにこれを行なうべきこととなる。
●これらの(政治)行動が被控訴人によつて現実に行なわれた以上、既述のごとき高度の政治的判断のもとに出入国管理行政を行なうべきものとされている法務大臣が、これをもつて日本国及び国民のために望ましいものとせず、その在留期間更新の許否を決するにつき消極の事情と判断したとしても、それはその時点におけるその権限の行使として、まかされた裁量の範囲におけるものというべく、これをもつて違法とすることはできないといわなければならない。これら個々の行動が、具体的にわが国の国益をそこなうような実害を発生せしめるものではないとか、また、そのようなおそれがないからといつてすでに法務大臣がその高度の政治的判断によりわが国及び国民の利益に適しないとする以上、それがなんぴとの目からも妥当としえないことが明白であるとすべき事情のない本件では、右裁量を非難するのは相当でない。

そして、最高裁もこの論理を支持した。非常に長い判決文の中で、外国人という点と憲法の基本保障の微妙な緊張関係について細かく論じている。

(判決文)
憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。

・・・

右のように出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令21条3項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない。

ところで、行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない。処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法30条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。もつとも、法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令21条3項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。

・・・
思うに、憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではない。
前述の上告人の在留期間中のいわゆる政治活動は、その行動の態様などからみて直ちに憲法の保障が及ばない政治活動であるとはいえない。しかしながら、上告人の右活動のなかには、わが国の出入国管理政策に対する非難行動、あるいはアメリカ合衆国の極東政策ひいては日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に対する抗議行動のようにわが国の基本的な外交政策を非難し日米間の友好関係に影響を及ぼすおそれがないとはいえないものも含まれており、被上告人が、当時の内外の情勢にかんがみ、上告人の右活動を日本国にとつて好ましいものではないと評価し、また、上告人の右活動から同人を将来日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者と認めて、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断したとしても、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被上告人の判断につき裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことをうかがわせるに足りる事情の存在が確定されていない本件においては、被上告人の本件処分を違法であると判断することはできないものといわなければならない。また、被上告人が前述の上告人の政治活動をしんしやくして在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないとし本件処分をしたことによつて、なんら所論の違憲の問題は生じないというべきである。

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