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母の優しさとヨーグルト

子どもだった僕は菜の花が大嫌いだった。菜の花が食卓に出るたびに不平不満をよく口にしたものだ。「苦いから食べられない」とか「茎だけ残していいか」とか「なんでこんなもの出すんだ」とか。いま思えば月に一度か二度は菜の花が出ていた気がする。母が僕の好き嫌いを無くしたいと、きっと意図的に菜の花をたくさん出したのだろう。

菜の花に限らず野菜は全般あの手この手でよく出た。いろんな種類の野菜をバランスよく食べるのがいいと、母は口癖のように言っていた。

野菜だけではない。いま思えば食事はほとんど手作りで、栄養バランスが一生懸命考えられたものだった。大人になっていかにそれが難しいことなのかを思い知らされたものだ。

食事の最後には、よくヨーグルトが出てきた。母の「これデザートに食べて」という言葉とともに差し出されたヨーグルトには、ときどき細かく丁寧に切られたバナナやリンゴが入っていた。

僕は特に何も考えず、言われるがままにヨーグルトを食べて「ごちそうさま」を言うまでだった。そこに確かにある母の優しさに気づくこともなく、皿の類を台所に持っていって、そそくさと食卓を後にした。

食事を作ってもらう分際で僕は、時に食べるものにあーだこーだ言ってくる母を疎ましく思っていた。「自分が食べるものは自分が決める」と、生意気にもそう思っていたのだろう。

そんな僕も、当時の母と同じ歳に近づいてきた。

30歳を超えて"からだ"のことを考える頻度が増え、からだの調子を良くするには腸内環境を整えるべきで、そのためにヨーグルトを食べることが良いと学んだ。

食事の最後に母がヨーグルトを出していたのは、子どものからだを想ってのことだ。

でも「腸の中には菌がたくさんいて、からだに良い働きをする菌を保つためにヨーグルトはいいのよ」と言ったところで、僕は聞く耳を持たなかっただろう。「食べたいものを食べたい」という、子どもらしい欲求に従うまでだったはずだ。

だから母は多くは語らずヨーグルトを出した。我が子のからだをすこしでも整えようと、ヨーグルトにバナナやリンゴを入れて、黙って出したのだ。

母の想いは子どもにはわからないとつくづく思う。たぶんいくつになっても理解しきれないだろう。でも時間が経つことで気づける優しさもあるのかもしれない。

今ではヨーグルトを食べるたびに、母の優しさに触れるような気がする。

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