見出し画像

私も知らない心の声を教えてくれる獣的衝動(ショートストーリー)

◇このショートストーリーには性的な表現が含まれますので苦手な方はご注意下さい◇


「男になったってことはもちろん、女の子が好きなんだよね?」


ほとんどの人はそう聞いてくる。
ふつうに考えたらそうだろうな。
性別を変える理由といったら、女の子が好きだからと思うだろう。
でも別に男に変えずとも、女の子を好きになってもいいはずだ。女のままで女を好きなってもいい。

私は男性も女性もどちらも好きになる。どちらの場合も、自分は男性だという意識で好きになることが多い。なので、男性に対してはゲイっぽい関係性になるし、女性に対しては異性愛っぽい関係性になる。

けれど、日々、瞬間瞬間で性別的自我は揺らいでいる。流動性のある性別、と言えるかもしれない。そんな自分はおかしいような気がしていたけれど、流動性があるほうが自然なのではとも思っている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなどうして何の迷いもなくどっちかひとつの性別のじぶんでいられるんだろう?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「キミのことはどうやって愛したらいい?」

「?」

「見かけは男だから男を抱くみたいにしたらいい?それとも女の子を抱くみたいに扱ってもいいのかな?」

「任せます。うーん、でも一応男扱いしてもらったほうが気分はいいかも」

「りょうかい」


ネオンの明かりが何とも安っぽい色をしているホテルの駐車場に入った。このホテルのフロントは、確かおばちゃんがいてお金を払って鍵をもらわないといけなかったはずだ。男同士だと知られたら断られるかもしれない、そんな不安がよぎった。それに、男同士でホテルに入る姿を見られることも恥ずかしかった。

「よし、行こう」

車から降りると、男性は私の手を握ってぐいっと力強く引っ張るように歩き出した。
えっ!と戸惑った。

「何?別にわるいことしてるわけじゃないんだから」

そう言って男性は手を繋いだまま、フロントの小窓に進んでいく。
「〇〇円ね」おばちゃんは愛想なく金額だけつぶやく。
「じゃ、〇〇号室ね」と言って、昔のトレンディドラマで見たことあるようなでっかい四角い棒状のキーホルダーの付いた鍵をぽんと置いた。

男性に手を繋がれたまま、階段を登る。それは紳士的とは程遠く、とても乱暴で雑な感じに手を引かれる。痛いくらいだった、けれど、私の内側のどこかで、不思議な安心が生まれてくるのを感じてしまった。

部屋に入ったとたんに私は女の子になっていた。それもとても小さな女の子だ。男として扱ってほしいと思っていた私はいともかんたんに女性に姿を変えた。

ただの性欲の処理として淡々と事を終わらせたいと思っていたのに、髪を切ったり、爪を切ったり、排泄したりというように、愛を伴うことのない、ただそういう身体的必要な行為をするだけと思っていたのに、その男性の手から感じ取った力強さ、獣のような何かとそれらにくっついている愛のような得体の知れないエネルギーを受け取ってしまった私は、それまで嫌悪すら感じていたそれらをもっと欲しいと思ってしまった。

それらを受け取るには、女になる方が余すところなくまるごと受け取ることができると、私の気持ちとは程遠いどこかの内側のぶぶんで、身体なのか魂なのかわからないけれど、私が知らない私のそのぶぶんが瞬時にそう決めてしまったようだった。

頭では気持ち悪いなと思いながらも、自分から男性に抱きついてしまった。私の様子に気付いたのか、内側の葛藤をぜんぶお見通しだったのか、男性は「うん。わかった」とだけ呟いて、力強く、でもとても優しく、行為を始めた。普通の男女のそれと同じように。

日常は男として暮らしている。何の不満もない。むしろ恵まれ過ぎていて申し訳ないと思うくらいだ。けれど、ふとした瞬間に悪魔のささやきが聞こえてくる。また欲しがってしまう。ただの性欲かと思っていたけれど、それとはまったく違うのかもしれない。獣になってしまいたい。ただの生命体になってしまいたい。性別も超越するようないのちそのものになってしまいたい。何なら宇宙の粒子になってしまいたい。なのに、性別も超越したいのに、そんなときにはなぜか男性がオスとして、無心に身体を動かしてしまう瞬間に立ち会いたくなるんだ。そして、私は女の子に変化する。男性から溢れ出てくるものには、実際には何の意味もない。無意味そのものだ。けれど、それらに勝手に切なさや、やるせなさみたいなものを重ねて、受け取りたくなってしまうんだ。

それが何になるのだろうか?何もならない。
ただ、ぜんぶの行為が終わったあと、すっきりした頭のなかに、
なぜだろう?ほんの一瞬だけ父親の顔が浮かぶんだ。

しかもとても悲しい表情をしている。
そんな父親の顔が消えてしまわないうちに、私は急いで何か言わなくちゃという思いに駆られる。いつも間に合わずに、何が言いたかったのかわからないままだった。
でも、この日はちゃんと言葉が浮かんできた。
しかもどんどん溢れるように出てきた。
なぜこんな言葉たちが出てきたのか、どんなに考えてもわからない。



「もう大丈夫だよ。辛かったね。ごめんね。一人にしてごめんね。」


これって私が父親に言ってあげたかった言葉だろうか?


いや、それらは、実は、私が父に言ってほしかった言葉だったのかもしれない。


自分の内側から発せられる何かを、掴んだと思ってもすぐに消えてしまいそうなそれらを、1枚でも多く作品にしたい。同じ感性や同じ心象風景を持つ人たちの元に作品を届けたい。と願って日々描いています。またサポートして下さることでいのっちの電話に使える時間も作れるので助かります!