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ドイツ人と薬と病院 ~初のApotheke潜入と、病院に行かないドイツ人

ここ数日、朝晩の空気がすうっと冷えて、秋の気配が感じられるようになってきた。
湿度が低くて、涼しくて、肌寒いくらいの風が通り抜けていくと、ドイツに住んでいた時のことが、ふっとよみがえる。
似たような情景、香り、空気、触感。
こういったものが、眠っていた記憶の箱を開けるのだ。
きっと人はこういう風にできているんだと思う。


初めてのドイツの春

ドイツに渡ったのは、日本らしく年度始めの春だった。

4月といえば、日本の多くの地域では桜が咲いて、早いと散り出している。
もう真冬のコートは、だんだん出番が少なくなり、軽いスプリングコートかジャケットを出している頃だ。

着いた先のドイツは、まだそんな春がやってくる前の季節だった。
感覚としては「冬に逆戻り」が正しい。
朝晩の冷え方といったら。まるで冬だ。
(この頃はドイツの冬を知らないから、そういう感覚になる)
場所が変わって、真冬のコートがまた大活躍していた。

春から夏はドイツの1番良い季節だと、多くのドイツ人は口を揃えて言った。
たしかに、季節と一緒に気持ちが明るくなる時期だった。

薄暗かった通勤時間帯はだんだん明るくなり、もやもやと行く手を阻んでいた朝霧は日に日に晴れていった。
日本でも見たことがあるような無いような花がそこここで咲き出し、野生の鳥やリスやウサギが顔を出すようになった。

都内に通勤していた数週間前までとは打って変わって、自然溢れる環境。
東京のような大都市が無いに等しく、程良い中都市が多いドイツの良いところだった。


花粉症との長い戦い

新しい土地でまず私の体調を悩ませたのは、意外にも花粉症だった。

日本で2〜3月から花粉症に悩まされ、治まってきたかと思われた矢先、まだ春来ぬ世界に移住してしまったのである。
普通なら1か月で終わるはずの花粉症が、3か月くらい続くことになるとは。
この年ほど、私にとっての春が長かった1年はなかった。

ドイツの花粉症について、調べていなかった訳ではなかった。
ネット情報によると、シラカバの花粉症がメジャー、他にも年中通じて色々、とのことだった。
しかし、シラカバの花粉症なんて本州では聞いたことがない。
これは体感してみないと、アレルギー体質かどうかわからなかった。

4月に入って春めいてくるほど、どんどん私の花粉症はひどくなった。
日本人はマスクをするのが当然だけれど、ヨーロッパの人はしない。
むしろ、マスクをしていると伝染病の重病人だと思われてあらぬ騒ぎに発展することもあるようなので、社会に溶け込むにはしない方がベターだ。
(コロナでここ最近は状況が変わったとは思うが、日本人よりは全然マスク慣れしていない。)

放って置いたら、仕事中も1日中鼻水と涙が止まらず、ちょっとどうしようもない状況になってきた。
何しろドイツ語が全くわからないし、まだドイツ社会のこともよくわかっていない。
生活に余裕もなく、後回しにしていた。
必要な現地情報は、ドイツ語でないと出てきにくい。
同僚ともまだ初対面で相談しにくく、日本語のウェブサイトで調べても、良い情報になかなかヒット出来なかった。

見かねた上司が、「こんな花粉症の薬、Apotheke(薬局)で売ってると思うよ」とウェブページを印刷した紙をくれた。
「本当!Apothekeで売ってるんですか?それは助かる!!」
Apothekeと書かれた赤い看板を掲げたお店は、通勤途中だけでも2つ3つはあったから、存在は知っていた。
(なぜApothekeがそんなに多いのかは謎…)

「でも、Apothekeの人は英語喋ってくれるだろうか…」
これが次の問題だった。
スーパー、パン屋、職場のカフェテリア。この身近なすべての場所で、英語が通じたことが無かった。
しかし、この鼻水と涙について伝えねば。。。
花粉症の症状についてドイツ語単語を調べ、発音も怪しいレベルだったが、紙に書いてなんとか準備した。

「すごく高価で、今の手持ちで買えなかったりするだろうか…」
これも大問題。あんまりお金がない。物価の感覚がわからない!
とりあえず家の貯金から20€札を引き抜いてきた。
(これ以上の値段がしたら、諦めよう…)


Apothekeに潜入

こうして、毎日通勤の通り道にあるApothekeに初めて足を踏み入れることになった。
今思えば、ガラス張りの店舗は比較的キレイで、とても入りやすい外観だった。
けれど私にとってはどのお店も、会話が通じるか&物が買えるか、死活問題の現場だったので、いつも緊張感に溢れていた。

ところで、Apothekeは日本で言うところの薬局が1番近いと思う。
医者に処方箋を出してもらったらApothekeで薬をもらえる。処方箋がなしで購入できる薬もある。
店舗の大きさにもよるが、店内に日用的な医薬品を置いている店もあった。
ただ、大手のドラッグストアとは全く違って、あくまで薬剤師さんが常駐している小さな薬局といったイメージだった。

Apothekeに足を踏み入れると、前のお客さんとスタッフさん(おそらく薬剤師と思われる)がまだお話中だったので、少し後ろで待つ。
ドイツ人は列を作らないから後に来たお客さんに抜かされたが、言う術がないのでそのまま待つ。
(ドイツの洗礼ダメージを受けてだいぶ豆腐メンタルになっていたので、言う気力もなかった)

前の人が終わってカウンターの前に進むと、親切そうな若い女性スタッフさんが私の言葉に耳を傾けてくれた。
私はほとんど英語とボディランゲージで、花粉症、鼻水、涙と言った状態を頑張って訴えた。
(ドイツ語調べたのに。必死すぎて何を言ったか記憶がない。。。)
季節柄、花粉症のシーズンだから、わかってくれたのだろう。
女性は、カウンター奥にある壁全面に引き出しがいっぱいの部屋に入って出てくると、手のひらに収まるくらい小さな箱をカウンターの上に置いた。

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こんな可愛い薬の箱でした

「1日1つ、タブレットを飲んでね。あなたの体に合うかどうかわからないから、まずは少量のものから試してみてくださいね。」
彼女は半分以上、英語とボディランゲージを交えながら伝えてくれたので、理解できた。
よかった、1日1つ飲むだけで難しくない!
人の説明が理解できたことは久々で、ようやく肩の力が抜けてきた。

恐る恐る、お会計。
なんと…3€ちょっと!!
驚いた。なんてお安い。食料品レベルの値段。
これなら問題なく払える!
想像していた価格レベルより段違いに安かったので、すごく安心した。

こんな簡単に花粉症の薬が手に入るとは、夢にも思わなかった…すごい!
もっと早く来ればよかった。。。
(教えてくれた上司にとても感謝…)


幸いにもこの薬が合っていたようで、飲み始めて1週間もしないうちに「少し鼻水マシになってきたかな…?」と感じ始めた。
薬を1箱飲み終わる頃には目の痒みも引いて、毎日ポケットティッシュを3つも4つも消費していたのが嘘のようだった。

コミュニケーションのハードルを下げるため「これと同じのを下さい」と伝えられるよう、薬を飲み終わったら大事に小箱を捨てずに持ってApothekeに通った。
春が終わるまで当分の間は、この薬にとてもお世話になった。


風邪が長引く同僚

Apothekeは街にいっぱいあるけれど、聞くところによるとドイツ人は薬や病院にあまり頼らないらしい。
ゆっくり休んで、その症状に効くと言われるteaなどを飲みつつ、自然治癒力で治そうとするそうだ。風邪くらいで病院に行っても、あまり薬を出してもらえないとも聞いた。
ドラッグストアには症状別にteaがたくさん置いてあった。例えば、頭痛に良いtea、喉が痛い時に良いteaなど。もちろん医薬品ではない。
(味が美味しいかどうか怖かったので、買わなかったけれど)

この傾向、1番に「おやっ?」と感じたのは、ドイツ人同僚が風邪を引いた時だった。
「熱がある。喉が痛い」
「熱がまだ下がらない」
「熱は下がったけれど、喉が痛くて声が出ない」
「また熱が上がってきた」
「喉が痛くて、咳が出る」
連日風邪で休んでいる同僚からの、毎朝のメールである。

彼女は、病院に行っていないのでは…?
病院に行って薬をもらえたら、もっと早く治るはずでは…?

日本人的思考が、頭をもたげてきた。
(日本人同僚も、同じ疑問を持っていた)

彼女が風邪で休む時は、たいてい長引いて1週間以上休み、出勤した時には全く普通で元気そうだった。
(体調が悪くても基本は自宅療養、数日経ってようやく病院に行ったようだ)

日本とドイツの、職場に出勤する時の体調の基準の違いを、強く感じる出来事だった。


ドイツ人は休暇をしっかり取ると言われるが、病気の時についてもこれは同じようだ。
「熱があったり咳が出たりするような状態で出勤するのは持っての他。ベストなパフォーマンスはできないし、他の人の迷惑にもなる」という考えだと聞いた。
いかにも合理的で個人主義のドイツらしい。

通常、病気休暇は有給休暇と別にあるようで、有給が減るのを心配しなくても良いようだ。

労働者の権利が強い国である。
日本と労働環境の違いはあれど、考え方は良いなと感じた。


***

病気のつらさ、体調の良し悪しは、自分にしかわからない。
自分を大事にできるのも、自分しかいないのだ。

そう理解できた今は、以前よりも、自分の身体の声に耳を傾けることができるようになった。

具合が悪い時は、心も身体もバランスが崩れてしまっている。
だから、ゆっくり身体の声に耳を傾けて元気をつける時間をとるのも、良い治療法なのかもしれない。



でも、やっぱり薬の力は借りたい。。。



Schönen Tag noch! 😄