24時間テレビの取材を受けたあの時

うちの母は手でさわる絵本を作っている
もうずいぶんまえから。

TOKIOがメインパーソナリティーだった年
うちの母のもとに取材がやってきた。

最初のプランとは違った形になったが
早朝に放送された。

その時作ったさわる絵本は 
さわる絵本の協会のルールにのっとったものではなかった。

顔は前向きじゃないといけないとか
当時いろんなルールがあった。

この取材を受けることになり 2か月足らずで
一冊のさわる絵本を作ることになった。

母は一冊の絵本を作ることに決めた

「この絵本の通りに作る。」
「いろんな工夫をした本にしたい」

この言葉から 私たちも今までになかったアイディアを
考えたのだった。


この絵本は べんぎんが主人公の物語だった。

「プール なんか さわってひんやりしていていい素材はないかなぁ」

私の頭の中はそのアイディアを探し始めた・・・。

翌々週くらいだったとおもう。
私は その日ケーキを買って 我が家に帰っていた。

「お母さん これ! これ!」
保冷剤をもって 
「プール! 青い絵の具混ぜたら!」
その一言で いろいろ試すことになり
保冷剤が ペンギンのプールの水に使われることになった。

絵本の作者が 動物園の飼育員さんで 
その動物園にも取材に行って
その作者の方のことも放送される予定だったが
動物園側が急にNGになり
動物園に実際の動物を見に行ったように編集された

「いろんな工夫をした本にしたい」

その一言が最初になかったら 
ただ絵本を 作って 施設に寄付した話になっていただろう・・・。
再現VTRはあんな形になっていなかっただろう
当日私は 撮影におらず 別の人が
保冷材のくだりを再現した…。
どう編集され どう放送されたか知らないままになってる。

今も まだ 母は絵本を作りつづけてる


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