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推しの影を捕まえたくて新潟に行った話②

入社一年目の頃、券売機で新幹線の切符を買う方法がわかりません、と言って上司に驚かれたことがあった。入社十年目になった私は、当時よりは余程スムーズに購入手続きを済ませることができたものの、「自由席特急券」と「乗車券」の概念が途中から混線して頭がバグりそうだった。そもそも未だに乗車券+特急券のシステムの意味すらよく判っていない。こういう人間でもどうにか生きていけるのだから、世の中は実に親切設計でできている。

十月八日、土曜日。東京駅から上越新幹線に乗り、新潟に着いたのは昼の十二時過ぎだった。天候はぎりぎりセーフの曇り。昼食は「弁慶」の寿司を食べることに決めていた。同僚にたまたま「今度新潟に行くことにしたんです」と話したら、「ここ、すごく美味しいよ」と勧めてくれたのだ。「弁慶」の入っているマルシェ(ぴあBandai)には循環バスで行けるらしい。ルート的に遠回りにはなるが、まあいいかと思いつつバスを待つ。一旦腹拵えをしてから海辺に引き返し、新潟県護国神社の敷地内にある安吾碑を見に行くつもりだった。
やって来たのは猫のイラストでラッピングされた可愛らしい小型バスだった。ホワッツマイケル、という作品に登場する猫らしい。初めは広々とした大通りや商店街を走っていたが、二、三十分もすると次第に道幅は狭まり、傾斜はきつくなっていく。少しだけ箱根を思い出したが、あそこほど険しい「登山」ではない。そろそろお腹空いたな、と腹を摩りながら外を眺めていると、黒い木々の向こうにちらりと海が覗いた。私はその瞬間、我ながら驚くほどあっさりと途中下車を決めた。安吾が近くにいる、そう思うと、もう一秒たりともじっとしてはいられなかった。

新潟県護国神社は随分と立派な、綺麗な神社だった。由緒ある神社なのだろうが建物は未だ新しい気がした。この敷地内に、安吾の碑があるらしい。駐車場の守衛さんに道を訊いたが判らず、社務所の巫女さんに教えていただいた。
貰った地図に従い、駐車場脇の細い道を入っていく。完全に雑木林だった。街歩き用のパンプスが汚れるな、と思いつつ、小枝や枯葉を踏みしめながら黙々と歩く。晴れているのにどこか薄暗く、人気のない小径だった。


砂山の碑

途中に白さん(北原白秋)の『砂山の碑』があった。新潟の海を謳った詩らしいが、もうすぐ安吾に会える、という浮ついた心では言葉が全く頭に入ってこない。本当に申し訳ないと思いつつも写真だけ撮り、先に進ませてもらう。ごめん、白さん。精神的・身体的・時間的に余裕がある時にちゃんと味わうから。

歩き始めて五分ほど経った頃だろうか、右手の視界が僅かに開けた。それが目に入った瞬間、あ、と思わず歓声を上げた。湧き上がる喜びのまま芝生を駆け上がり、碑の前に立つ。想像を遥かに上回る、巨大な、どっしりと構えた石碑だった。この頑健な岩を、こんな場所まで、一体どうやって運んだのだろう。
「来たよ」
思わず声を掛けてしまった。巨岩は応えない。当たり前だ。それでも私は嬉しかった。安吾。安吾、私、あなたを探してこんなところまで来たよ。暫くは何をするでもなく、じっと石碑を見つめていた。それから写真を撮った。木々に覆われて方角は判らなかったが、轟々と波音が聞こえていた。そのあまりの轟音、迫力に、本当に波音なんだろうか、近くで飛行機でも飛んでいるんじゃないかと疑うほどだった。だというのに、この場所の齎す印象はどこまでも静謐だった。


巨きいなあ。


/偉大な落伍者になれたか?\    


「ふるさとは語ることなし 安吾」。まことに彼らしいと思う。いや、まあ、色んな作品で語ってはいるし、そのおかげで私はここにいるんだけれども。
何か尤もらしいことを考えるとか安吾の人生に思いを巡らすとか、そういうことはなかった。私の思考は空っぽで、ただただ静かに満足していた。しみじみと喜びを噛み締めていた。やがて他の観光客が現れたので、私は退散することにした。この時間を自分だけのものとして抱き締めていたかったのだ。後ろ髪引かれる思いで、何度も背後を振り返りながら石碑を後にした。胡座をかいた安吾が黙したまま、微笑みながら私を見つめている気がした。

バス停には戻らず、さっき車窓から見た海を探そうと、Googleマップを頼りに歩を進める。どうやらすぐ近くに水族館(マリンピア)があるらしい。時間があればそちらにも寄りたかったが、そんなことをしたら水族館の中で一日が終わってしまうのは目に見えていた。
やがて現れた海は広かった。何も遮るものがない。絵筆で描いたような平べったい海がテトラポットの向こうに広がっている。波は高く荒々しかった。轟音と共に白い飛沫が砕け散り、東映のロゴが出る時の映像みたいだな、と後になってから思った(今もあの映像が使われているかは知らないが)。これが、安居の書く「寄居浜」か。きれいで、清潔な、さみしい場所だ。海風が轟轟と容赦なく吹きつけ、髪をめちゃくちゃに乱していく。白く明るい岩だらけの海岸で、私は暫くぼんやりと立ち尽くした。ずっとここにいたい、と思った。体内を風が通り抜け、さみしさで全身を洗われていく感覚は清々しく、とても心地良かった。何を考える必要もなかった。ただここに浸かり、漂っていれば良かった。

十月の海

私にとって安吾は、ずっと「海のような人」だった。作品に海が登場することもそうだが、懐の広さ、深さ、捉えところのなさ、感情の畝り、奔流、そういった「海と通ずるところ」が多い人だと思っていた。その見立ては間違いではなさそうだったが、どうやらそれだけでもないらしい。海と並んで忘れてはならない存在があった。風だ。『風と光と二十の私と』、『桜の森の満開の下』、等等、「風」がキーワードになる作品は勿論あったが、不思議なことに私は頁を捲ってもその風を肌にまざまざと感じたことはなかった。けれど、いざこうして吹き曝されてみると、「安吾がガランドウになったのは、この風に親しみ心身を漂白され続けたからかもしれない」と思うようになった。新潟に来てみなければ判らなかったことだ。思ってもみなかった大収穫だった。


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