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「元気になってほしい」がポジティブの押し付けじゃだめだ

「でもそれさ、いいことだよ」

人の話?悩み?を聞くときに、よく、「いいことだよそれ」と言ってしまうし、ポジティブな理由を見つけてしまう。

意識的にやっているわけじゃなくて、自然としてしまう。

悲しみが、つらさが、その人から早くなくなってほしいと思って、何かの肯定になればいいと思って、ついいいことと言ってしまう。

わたし自身がいつも、何かからよくないことがおきたときに、「面白い」「いい」と言って、そういう面を探してしまうのだけれど、それを人にいうのはとても押し付けだなと思った。

そんなことは、当たり前だと思うのだけれど、ただなんか、これは「1対1の友達との会話」の中で、「言葉」として相手が受けとらざるを得ないから、押し付けになっているんだな、とも思った。

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何をいうかは基本的に、その人の自由だと思う。
noteやTwitterに書く内容を、人に規制される言われはないように。

もちろん、誹謗中傷、情報漏洩、コンプライアンスなど誰かを傷つけたり、人や組織に損害を与えたりすることはだめなのだけど、そうでない限りは、みんな思想と発言の自由はある。

だから別に、ひとりごとで何をつぶやいたって怒られない。いまの日本には、その権限はある。

でも、人との会話となったら、その自由には縛りが生まれる。
縛りというのは悪い言い方だけれど、「話すときの自由度」に焦点をあてると、それはひとりごとよりは自由度が低い。
あと人が増えるごとに自由度が下がっていく気もしている。

人となにかをするというのは、いつも必ず、相手側からの影響を受けるし、こちらの「善」が「善としては通らない」こともある。

ただ、いう自由と同じように、受けとるときの自由もあるから、相手は自分の発言を肯定することも、否定することもできる。

だから本来、自分が好きなことを言って、それを相手が否定しても、話は成立するし、議論は深まったりする。

ところが、「1対1の友達との会話」の場面において、否定は、ほとんど行動の選択肢から削除される。

特に友達同士の会話だと、相手の話は一度肯定して受け止めて、共感するという不文律みたいなものがある。
だから、どちらかというと自由が制限されるのは、受けとる側の方であって。しかもきたボールを投げ返さなきゃいけないし。

つまり、たとえばわたしが「いいこと」って言ったら、相手は「いいこと」を半ば強制的に受けとらなければいけないし、その後の展開は「いいこと」からはじまるわけで、結局相手が話したいことは、話せない。

これはめちゃめちゃダメだな〜と思った。

相手にとったら、話をしたくて話しているのに、毎回ファールしか飛んで来なくて、球拾いして終わってるみたいで。

なんか最近いまいち人と話が噛み合わない感じがするのも、全部そのせいだな〜と思った。

たださらにその下にあるのは、たぶん、目の前の人の話を深く聞いて、深く共感する力がなくなっているということだと思う。

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話して聞くのって、意外と疲れる。真剣度が増すほどに、真面目に話すたびに、消費される。

なにも考えなくても進む会話は意外と少ない。

相手の話を聞きながら、相手の立場になって、相手のことを想像する。
自分の意識をすごく相手に傾けないとできないことだ。

その一方で、わたしはだんだんと、「話半分」みたいな態度がうまくなっていたんだろう。いや、下手なのかもしれないけれど、なんだかそれが癖になってしまっていたみたい。
本当に失礼でひどい話だけれども。

でも同時に、人の話にちゃんと踏み込むことが怖かったのもあると思う。

最近人の話を聞けば聞くほど、自分への信頼を失っているところがあって、もちろんこれはすべて私の自業自得なんだけど、全く違う価値観に出会うと「あれ、わたしの人生って、これでよかったんだっけ?」となるのだ。

そうすると今まで作り上げてきた自分の城が、実は砂のお城だったことが発覚して、しかもそれが波打ち際に建っていることがわかるのだ。

波は小さくてすべてを奪われたりはしないけれど、だんだん大きい波がきたりして、それが続いてどんどん抉られてしまう感じ。

それから、普段の会話が減って、コミュニケーションが下手くそになっていたり、自分のことや考えをちゃんと言葉にできていなくて、それがすごく頭のキャパを奪っている感触がある。

そんなループを繰り返して、どんどん臆病なってしまったのかなあ。なんて。言い訳でしかないのだけれど。

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なんだかんだ、自分が満たされていないのが、一番ダメだな〜と思う。

人に元気になってほしいと思うのも、結局人に元気をあげたいと思ってて、それで相手が笑顔になってくれるのがただ嬉しくて、満足するから。

そう思っていても、目の前にいる人の話をまっすぐ聞けないのも、満たされていないから自分の方向ばっかりみてしまう。

たぶん本当は、自分が自分に、ポジティブな、背中を押す言葉をもっと言ってあげたらいいのだろう。

まずはご自愛ご自愛。

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