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平成最後の夏は、ずるい。


2018年、夏。

なんてことない夏のはずだった。

例年のように、バイトをして、家に引きこもって、寝て、バイトをして、ゲームをして、時々友達と集まって遊んで。

とにかく涼しいところでゴロゴロしているはずだった。


でもなんということだ。
今年はただの2018年の夏ではなくなってしまった。

国とか天皇とかいろいろさまざまな事情により、「平成最後の夏」になってしまった。

このエモすぎる響。
正直言ってずるい。
一夏の思い出を作らなきゃいけない感。

友達と海に行って、水掛け合ったりして、夜には花火をして、寝っ転がって星を見て、将来のこととかを話し込んで、缶チューハイを飲みながら帰るようなことをしたらいいだろうか?

でも、去年にも夏はあったし、来年にも夏はあるし、来年なんて新しい元号最初の夏だし、要するに夏は夏だ。

これから待ち受ける夏は、暑くて、ジトジトして、外に出たくなるような日本の夏である。

そして何もしなくても、夏は勝手に終わって、また新しい夏がやってくる。

ただの夏なのに、「平成最後」って冠がついたお陰で、とっておきの夏になっちゃいそうな、2018年夏。

2017年とも2019年とも変わらないはずなのに、2018年だけずるいって、絶対いろいろな年の夏に羨ましがられるだろうな、なんて。

とにもかくにも、2018年の夏は、平成最後ってだけでみんなにもてはやされてるから、ずるい。


だから私は言いたい。
夏は夏だ。

夏だから、ワクワクするし、
夏だから、ドキドキするし、
夏だから、何か起こりそうな予感がするし、
夏だから、いい思い出を作りたいのだ。


2018年が平成最後の年になることは前から決まっていたのに、いざ2018年の夏を目の前にした途端、「平成最後の夏」と言ってその語感のエモさに夏らしい思い出を作ろうとする私たちは、ちょっとだけ短絡的で、愛らしい。

けれど、みんなの夏が、平成最後を理由に動き始めたら、きっといい夏になる予感がする。

#平成最後の夏 #ブログ #エッセイ #日常

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