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悪いことは言わないから『マウント』は脳内でやれ!

世の中には、マウンティングをしたがる人がいる。
それは、相手よりも自分の方が優れていると語ることだ。

実際に優れている方でも、マウンティングは辞めた方が良い。
もし、あなたの作った商品がバカスカ売れても、一言言ってしまったマウンティングで炎上してしまい株価が下がるなんてこともあるのだ。
(少し大げさな気もするが。。。)

ただ、誰にでも好かれるような人格者になることも中々に難しい。

今日は私が思うマウンティングの回避方法について『悪いことは言わない』シリーズの一つとしてお話していきたいと思う。

私は今も昔もマウンティング野郎だ

人は結構愚かである。
わざわざ他人よりも優れている点を他人に自慢するのだから。

それになんの意味があるのか。
一瞬の快楽や快感を得ることが出来るのだろうか。

否、一瞬の快楽の後に待っているのは後悔と孤独である。

今はそういったところを私自身隠そうと思い露骨に行動を変えた。

一つ目は乗っていた外車を日本車に変えた。
二つ目は今まで全額奢っていた飲み会や食事を割り勘に変えた。
三つ目はブランド品を全て売り、中古の古着や安い服やブランドに変えた。

大きくはこんなところだろう。
今まで、この三つが他人よりも自分が優れていて、単純にお金を持っているという証であり、マウンティングできる領域だった。

別に収入が著しく減ったわけではない。
むしろ、副業などである程度の稼ぎを出している。
ちゃんと計算したことはないが、最初の企業にいたときよりも使える金額が増えているのかもしれない。

行動を変えたことによって、環境もすこし変化していった。

自動車一つ取っても、外車や高級車に煽られることが増えた。
以前であれば、自分が外車に乗っているという理由で逆に煽ってしまったり、煽られるような経験が無かった。

しかし、煽られてみても余裕があるのだ。

「へぇー頑張って煽るじゃんw」
「まぁ俺の方が稼いでいますけどね!」

みたいな。逆マウンティングをするようになった。
結局私はマウンティングすることで冷静を保つことしかできないのかもしれない。

人格者ではなく、偽善者でありたい

以前に偽善者とは何だろうと記事を書いた記憶がある。

私は、人格者になることは出来ない。
というよりも人格者に出会ったことが無い。

人に嫌われないように立ち回っている人は基本嫌われないように発言を制限しているし、自分の想いを赤裸々に語る人は嫌われることも好かれることもある。

自分の考え方が万人に受け入れてもらえる人格者はいないのだ。

だからこそ、私は人格者ではなく、偽善者で良いと思う。

人格者ではないにしろ、人には好かれていたいという姑息なやつだが許してほしい。

ここでタイトルに戻るが、私は『マウント』を脳内で済ませるという考え方が必要になってくると思うのだ。

弱者相手だろうが、強者相手だろうが。
マウンティングするという行為自体は人として恥ずかしい行為であるとしっかり自覚しなければならない。

しかし、言わなければ誰にも伝わらない。
占い師だろうがメンタリストだろうが、思っていることや考えていることを一言一句的中させることなど、出来ないのだ。

だからこそ、行動は周囲から飛び出ないようにした。
ご近所の人からも外車に乗っていた私に抱いていた嫌悪が減ったと思う。(最近挨拶すると返してくれるから嬉しい)

目に見えない部分でもマウンティングしてしまっている場合もあるのだと、少し反省したが、日本車に変えるだけで印象が良くなるのならしない手はない。

その裏で私が何を考え、企んでいるのかなど関係ないのだ。

皆が本当に欲しいのは、言葉ではなく、行動なのだと実感した。

最後に

飲み会などのお酒が入る場所では、マウンティングしやすい雰囲気があると思うが、そこはグッとこらえて、「(こいつら安月給!)」くらいは思っても良いと思うが、口にはしないという心構えでそういった場に赴くようにしよう。

マウンティングをしないというのは、それだけでプラス評価になるのだから。

悪いことは言わないから『マウント』は脳内でやれ!って話。

正し、クソくだらないマウンティングをしてくるやつがいて、皆が迷惑しているようなら、正義の名の下にマウンティングしてもよいと私は思う。




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