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初対面でパニックを起こして叫んだ話

家人の再婚相手と顔合わせをしてきた。数日前のことである。

……と一行書いてみて、カズオ・イシグロの小説『日の名残り』をふと思い出した。

古きよき大英帝国の遺産のような、老執事の旅行記にして回想録である。詳細なネタバレは避けるが、章立てがよくできているのだ。それまで旅の一日目の夜、二日目の朝、二日目の午後……という風に毎日綴られていた旅の記録に、終盤で丸一日の空白が生じる。その一日の出来事だけは、翌日に過去形で紡がれる。まるで間近の現実として受け止めることに、耐えられなかったかのように。空白は数多の言葉よりも、老執事の胸中を物語っていた。

私の話に戻してもそう。すぐに振り返るのは難しかったのだ。

結果から先に言うと、パニックを起こしてしまった
家人の再婚相手は、私の発達障害を知っている(いつの間にか、家人が私の許可なく知らせていた)。私が対人全般や、曖昧な予定に不安を覚えることを理解している。なので顔合わせに関しては、かなりの譲歩をしていただいた。
当初は再婚相手の家に泊まりに来ないかと言われたが、それは拒否した。人の家に泊まった経験が、私には数えるほどしかない。画像ですら見たことのない完全アウェーの環境で、私がやっていけるとは思えない。
家人と再婚相手は、ならばどこかでお茶でもと考えたらしいが、それも却下させていただいた。私は人と食事を摂るのが大の苦手なのだ。
最終的に、本当に顔を合わせるのみ、という形で落ち着いた。それでも時間が迫るほどに、私は未知の状況に混乱していった

不安だったし、怒りも覚えていった。
私は別に、顔合わせなどしたくないのだ。家人の人生だ、再婚も好きにすればいい。再婚相手と二人で暮らすことも、彼らの間では確定事項だ。そこに私はいない。だというのに何故、わざわざ、一度顔を合わせなければならないのか? 何故わざわざ、人様の人間関係の変化に巻き込まれなければならないのか?

私の発達障害は、自閉症スペクトラムの傾向が強い。見通しの立たない事態や、環境の変化には強いストレスを感じる。自分のこだわりに外れた事柄には、抵抗を覚える。

初対面の人間との接触は、まるで見通しが立たない。
家人の再婚相手は、環境の変化の生ける象徴だ。
私のこだわり上では、顔合わせは苦痛だ。
どれを取っても耐えられなかった。想像以上に。

顔合わせ当日になっても、詳細が詰まっていないことも不安の種となった。

「何故顔合わせなどしなければいけないのか? 私の必要事項には含まれていない。あちらの行程上必要で、どうしても省いてはいけないのか? 対人上の手続きか? 宅配便に判子を押すようなものか?」少しでも納得するために、出発前に家人に質問を繰り返した。

取り決めの通りに、本当に顔を合わせるだけの顔合わせだったのだが……
彼らから離れて五秒と経たないうちに、叫んでいた。吠えていた。
「あああああもう!!!!」
演劇部仕込みの腹式呼吸全開で、何度も何度も怒鳴っていた。溜まりに溜まったものを、どこかに吐き出さずにはいられなかった。大人げない行動だと解っていても、止まらなかった。
聞こえていたのだろうが、家人も再婚相手も私には何もしなかった。

狂人の如く喚きながら、しばし独りで街を歩いて。興奮した状態のまま、どうにか電車に乗って。
ふらつく足で、何とか家に戻ってきた。

自閉症スペクトラムの特性もあって、私は記憶力がいい。特に自分の身にあった嫌なことは、ぐるぐると何度も思い出す。無限ループする動画の如く、音声込みで鮮明に。
ものの数分のファーストコンタクトを、何度も何度も思い出した。初対面の人の顔も声も、やりたくないことをやらされた怒りも、大人げないことをした恥ずかしさも。頭痛は止まらず食欲は失せ、日記も書けなくなった。過呼吸手前の息苦しさが続いた。

どうにか記憶を薄れさせようと、言葉集めをした。海外ドラマや映画を観た(集中できなかった)。ぬいぐるみを抱いてぼーっとした。夜に街を一万歩ほど歩いてみた。書店で乱読に励んだ。電車に揺られながら本を読み続けた。軽く帰宅拒否を起こした。

苛立ちの取れない頭で、家人に「もう会わなくていいよね?」と確認をした。向こうが無条件に送りつけてくる菓子の類も、もう欲しくないと頼んだ。何も思い出さなくていいように。恩や重荷に感じることがないように。
何度も思い出して辛いとも訴えた。家人は何も答えなかった。顔合わせの結果に落胆したのかもしれない。あるいは大したことないと感じているのかもしれない。発達障害の診断が下ったと話したときも、反応の薄かった人だ。私の異常に、ずっとずっと気づかなかった人だ。再婚相手と幸せになればいいと思う。私から遠く離れたところで。

私は薄情で利己的で、他者への想像力に乏しい人間なのだろう。世間様には受け入れられまい。
しかし本当に、衝動を堪えられなかったのだ。

イマジナリーフレンド数名と、何が一番きつかったのかを話し合った。
いつの間にか顔合わせをすると決まっていたことか、ろくに予定も立てずにご対面となったことか……
多分最悪だったのは、望まずに人と関わらされたことだ。
私は人付き合い全般を愛さない。殊に、

・それまでろくに接点がなく
・どのような会話の展開となるか見通しも立たず
・永続的な関わりとなり
・私の対応次第で今後に大きな影響があり
・親密さを半ば強制される

人付き合いは鬼門だ。仲良くしなければ、普通でいなければと思うほどに苦痛になる。
できることなら、温かく放っておいて欲しいのだ。交流の輪に私を加えないで欲しい。遠方の他人事でいさせて欲しい。SNSで言うなら、私をフォローするのは勝手だけれど私からのフォローは期待しないでね、という感じだ。相互フォローを強いられた日にはこちらからミュートかブロックする。私の人間関係を決められるのは私だけだ。そうであって欲しい。
人から作品の感想メールが来たり、コメントが届くだけでも、私は少々混乱する。ああ返さなきゃ、常識的に反応しなきゃと慌てふためく。デジタルですらそうなのだ、初手から生身の人付き合いなど苦しくてならない。

もっとちゃんと、私の苦手について話しておくべきだった。家人経由のメールや文通から始めれば、まだ少しは穏便に関われたかもしれない。

数日を無為に過ごして、やっと対面の記憶が所々ぼやけてきた。数分間の出来事を、他人事と捉えられるようになってきた。noteに落とし込めるところまで来た。助かった。
それでもまだ、顔合わせの場所には当分近づけないだろう。思い出してしまう。

私は何者からも離れていたい。遠く離れた存在であるほど、落ち着いて触れられる。私に害を及ぼさないという、絶対の安心が欲しい。
だから本が好きで、人が恐ろしいのだろう。

「愛着障害の本でも読んでみる? 君、無条件の愛情とか信じてないでしょ。誰といても、違和感か不安感がある。だから誰とも関わりたくないのさ」。そう、イマジナリーフレンドは筆談に綴った。そういう側面もあるのかもしれない。

とても辛かったのだが、うまく涙が出ない。感情の荒波に対しては、大体いつもそうだ。時間をかけて遠ざけ、他人事に変え、ようやく幾らか安心する。
涙は苦しみを受容した証拠だと、哲学書で読んだ。
私はまだ回復していないのかもしれない。

どこか遠くで、気が済むまでほっとしたいものだ。

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ありがとうございます。睡眠を大事に。
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しらとり・せん。 紅茶を飲んだり本を読んだり。書き物をしたり。Amazonで時々読んだ本のレビューを書いたり。 MBTIはINTP。理屈っぽい文系出身。大人の自閉症スペクトラム。 ※コメントへの返信は現在していません。
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