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[小説] 迷光仕掛けのガールフレンド (4)

 ハヤテは、薄暗い廊下を歩いていた。廊下の端にある微かに光が漏れている扉。それが彼の今回の目的地だった。扉を開けると、大音量のクラシック音楽がハヤテを出迎えてくれた。まるでお城の舞踏会で華やかな衣装に身を包んだ男女が優雅に踊るようなメロディを小耳に挟みながら中に入ると、彼の身長よりも高い棚が所狭しと並ぶ空間へ出た。中身は鉄屑や機械の部品。ここはエネルギーになれなかったゴミを取り扱うジャンク屋だ。ハヤテが周りを見回しながら歩いていると、どこかから声がした。
「チャイコフスキーのレコードさ。いいだろ」
 声のしたほうを見ると、棚の上のほうから着物姿の小柄な老婆が姿を現した。
「オバア」
 ハヤテがぽつりと呟くと、オバアと呼ばれた彼女は端っこにあるハシゴを器用に降りて、彼の前にきた。オバアは、この店の店主で、毎日着物を着ている変わり者だ。
「さて坊や、今日は何をお求めだい?」オバアは、腕を組んだ。
「オバア、新しいやつ入ってる?」
「ああ、ちょうど今朝がたに新しいやつが入ってきたよ」
 オバアは銀色に光る歯をみせて笑った。
「そうか。ありがとう」ハヤテは棚をあさりはじめた。

 ハヤテは、昔から機械いじりをする事が好きだった。機械の修理とかなにか手を動かしていると、なぜか気持ちが落ち着いた。どんなに仕事で失敗したり、ひどい事をされても、機械いじりをしていると忘れられるのだ。そんな彼の最近のマイブームは、自作パソコンだ。タブレットやウェラブルコンピューターが普及し、パソコンと言う概念が消えて久しい今日だが、好きものの間では、自作パソコンを作ることが一種の流行になっていた。もちろん、ハヤテもその一人だ。だから、今回はストレス発散も兼ねて、その部品を買いに来たのだ。
 入って数分後。細々とした部品を集めたハヤテは、パソコンを動かす核となるCPUを探していた。しかし、いまいちピンとくるものがなかった。別にメーカーにはこだわりがないのだが、なぜだかなんとなくこれだと思えるものがなかった。あれも違う、これも違うと色々棚の中を漁っていると、その反動なのか、何か板のようなものが落ちてきた。
 一体なんなんだ?気づけばハヤテの手は下に伸び、拾い上げていた。落ちていたのはCPUや細々とした部品が付いた簡易な基盤、いわゆるシングルボードだ。昔はプログラミングの学習教材として使われていたらしいが、今ではあまり見ない代物だった。ハヤテはまるで熱に浮かされたかのように、それを見る。幸いなことに、傷は一つもついていない。ハヤテは確信した。これだ、と。彼はそのままレジへと駆け出した。

(続く)

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