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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (17)

 星森山は、街の中心部にそびえ立つこんもりとした山だった。これは父さんから聞いた話だけど、ここの頂上には市が管理している天文台があり、県内における天体観測の人気スポット的な存在らしい。登山口に来たところで、ぼくたちは、三列縦隊に並んでそのまま頂上を目指すことになった。
 登山道は、広々とした道路になっており、車でも登れるようになっていた。しかし、実際はカーブのきつい坂で、最初はおしゃべりしながら登っていた子たちが登れば登るほどに黙りこくってしまうほどだった。当然、ぼくもこんな坂を歩きで登ることには慣れていないので、街並みが小さくなる頃には、息が切れてしまった。ぼくとヒロキくんがはあはあ言いながら、ふと横を見ると、マイカちゃんが涼しい顔で登っていた。
「ねえ、キツくないの? 」
「大丈夫。これぐらいは平気よ」
「いいなあ……」
 ぼくが羨ましそうにマイカちゃんの背中を見ていると、すぐ後ろで聞き覚えのある声がした。
「ほら、さっき怖気付いた罰だぞ」
「うわわ……」
 振り向くと岩清水くんが自分の取り巻きたちを道の端にある木製のガードレールの上に立たせていた。ガードレールの向こうは崖っぷちになっており、落ちてしまったら必ず怪我をする状態になっていた。立たせられた倉田くんと森本くんは、ゆっくりとガードレールの上を歩かさられていた。
「コウちゃん、やめなよ」
 そう言ったのは、取り巻きの一人である宮下くんだ。ラグビーか柔道でもしてそうな巨漢の岩清水くんと比べ、ほっそりとした体格の彼は、岩清水くんの幼稚園からの幼なじみにして、彼が校長室に呼び出されないのはほとんど彼のおかげと言われるほどのストッパーだ。
「うるせぇ、下請けの息子の癖に生意気なんだよ」
 宮下くんは、少し眉をひそめる。
「下請けだからこそ、言ってるんだよ」
「いちいちうるせえなあ」
 岩清水くんがそう宮下くんの前ににじりよった瞬間、手すりの上を歩いていた倉田くんが、急にバランスを崩して、手前にいた彼を巻き添えにする形で落ちた。
「いてて……」
 居ても立ってもいられなくなったぼくは、二人に駆け寄る。
「大丈夫? 」
「へへへ……だいじょぶ」
 倉田くんは両手でピースサインを作りながら起き上がった。
「くっ……」
 一方、岩清水くんのほうは、肘あたりに擦り傷をこしらえていた。
「まったく、危ないことをするからだよ」
 ぼくがそう言うと、宮下くんがまったくその通りだと、頭を縦に振った。
「なんだよ、転校生の分際で」
 岩清水くんはぼくをきっとにらんだ。
「けがしてるけど、大丈夫? 先生呼ぶ? 」
 すると、岩清水くんは急に立ち上がった。
「おせっかいなんて、いらねぇよ」
「え? 」
「今度おれに逆らったらただじゃおかねえぞ」
 岩清水くんはそう言うと、森本くんと倉田くんを連れて走り去った。
「お節介なんて、考えてないんだけど」
 ぼくがため息をついていると、チャコがリュックから顔を出した。
「お節介って、なんだ? 」
「頼んでもいないのに、あれこれ世話を焼く事だよ」
 ぼくがため息をついていると、宮下くんが話しかけてきた。
「高山くん、さっきはありがとう。君は正しいことをしたよ」
「え……? 」
 ぼくは、宮下くんの顔を見た。
「お節介だというとらえ方をしているのあいつだけだよ」
 彼は、ゆっくりと歩きながら続ける。ぼくもそれを追う。
「あいつ、偉い人の子だからって、自分が下々の人の言う事を聞かなくていいって思ってるんだ」
「そうなんだ」
「まったくかわいそうな人だよ」
 宮下くんは、小さくなった岩清水たちの背中を遠い目で見つめた。これだけ周囲を冷静に見つめることができるのは、今まで出会った中でも、彼が一番だった。ぼくは思わず彼を尊敬してしまった。そうこうしてるうちに、ぼくたちは頂上に着いた。
 頂上は公園になっていて、先に到着していた子が景色を楽しんでいたり、疲れてベンチに座って休憩したりと思い思いの時間を過ごしていた。
「ナオト! 遅いぞ」
 到着するやいなや、ヒロキくんとマイカちゃんが小走りでやってきた。
「もう、何やってたの」
「ごめん」
 ぼくは頭を下げた。
「岩清水くんを注意してたらおそくなった」
 マイカちゃんはため息をつく。
「あいつ、何を言っても聞かないから、注意しても無理だよ」
 ぼくは岩清水たちをちらりと見た。ブスッとした表情で立っている彼の左腕にはまだ手付かずのままのかすり傷があった。

(続く)

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