さなぎでいれない私たち −−− 八月③ −−−

 
 夏休み中の大会を最後に、吹奏楽部の三年生は引退する。大会の一週間前、余裕をもって学校に来た私を美裏くんが待ち構えていた。

「久しぶり」

「久しぶり。随分やけたね」

「まぁね。これ、おみやげ。ちんすこうとサーターアンダギー」

 私はそれを受け取って「ありがとう」と言って、東京土産を返した。

 ちなみに、東京ばななとごまたまごだ。

「今日は部活なの?」

「うん、まだ始まらないけどさ。瀬戸内さんに会うために早めに来た」

 美裏君はそう、けろっと言う。こんなことに当たり前のようにドキドキする。けれどもそれは失礼だ。

 美裏君にそんな気は全くない。彼が純粋に友達であろうとするのにそれをルックスを理由に惚れてなどしてはいけない。

「どんだけおみやげ欲しいのさ」

「会えなかったら毎日持ってくることになるでしょ?それは大変だからさ、って言い訳しておくよ」

 おみやげを選んでいる時、母親に「珍しいわね」と言われたことを思い出す。いつも、私は旅行に行ったことを友達に黙っていた。それは、どこまでの関係の人におみやげを渡すべきかわからないからだ。

 クラスメイトには渡したほうがいいのか、部活の友達は?先輩は?

 プライベートまでそんなことに縛られたくなかった。

 でも、今回はそんなことは特に考えなかった気がする。最近、美裏くんたちと一緒にいると女の子とうまくやっていくことが難しいことなのだと再認識する。前は、同性ともうまくやっていけないなら異性と仲良くなれるはずなどないと思っていたのに、今は同性だからこそ難しいと思う。

「ところで、賀屋くんは何であそこにいたの?」

「ん?あぁ、家族で沖縄に旅行に行く予定だったのを、わざわざあの日に被せたらしいよ」

「余裕だね、受験生なのに」

 美裏くんは「アイツ、推薦で受けるらしいからね」と言った。

「美裏くんはどうなの?推薦」

「うん、奇跡的に来たから受けようかなって。箱根も走りたいし------あ、キヨが来たからもう行かなきゃ。今日僕が鍵番だから怒られちゃう」

 校門のほうを見ると、尾張くんがワイシャツを風で風船のように膨らませながら自転車でやって来るところだった。すれ違うサッカー部がスパイクでアスファルトの上を歩く、こつこつという音がする。

「んじゃ」と、階段を下りていく美裏くんの後ろ姿には、ブレ一つない。きっと彼のフォームはとてもきれいなんだろう。大きめのワイシャツから、細い背骨が浮き出ていた。

 私は音楽室からたまに外を眺めてみたが、引退式は部室で行われているらしく、その姿を見ることはできなかった。

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