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出産日は育児がスタートする日

私には苦い思い出があります
それはとても悲しく 辛くて
人に話せるまでに3年はかかったほど

女性にとって出産はその後の人生を
その後の人格をも変えしまうのだと
そのくらい大きな出来事なのだと感じています


私は真ん中の娘を病院(クリニック)で
出産したのですが
”私にとって”は必要ではなかった
医療処置によって
娘を出産したことを全く覚えていません

ここでいう”私にとって”というのは
お医者さんの判断と
私が望んでいた処置との差で、
お医者さんもきちんと判断した上での
処置だったと思う。


そして意識を取り戻して、
気が付いた時には病室で 
横を見たら赤ちゃんがいました

出産した日は育児がスタートする日

私はこの日にとても悲しくて
孤独で 痛くて 
恐怖の中にいたことだけが記憶にあります 


本来であれば 目の前にいる小さな娘が
愛おしくてたまらないはずなのに

憎しみ イラ立ち しかなく
授乳はとても辛く 敬遠していました


ワンオペ育児はそこから始まり

2歳である息子に振り回されながら
0歳の娘の世話を憎しみを持ちながら
育児することは

とても とても辛く
誰を責めることもできず 
ただただ 怒り 涙を流す日々

パパとの関係もうまくいかなくなったのは
この頃から



『あの日がとっても
いい日だったのなら』
『あの出産が心に残る
いい日だったのなら』

何度もそう思ったし

『助けてほしい』
『赤ちゃんが可愛くない 
 赤ちゃんから離してほしい』
『殺してしまう』


そう思って行政など様々な
機関にSOSを出したけれど
返ってくるのは

「お母さん よく頑張ってるね」

というだけ

物理的なサポートは全くなく
電話越しで 「自分を優先してくださいね」
そう言われるだけだった


確かに自分を優先することって大切なんだけど
あそこまで追い詰められているときは
物理的なサポート=赤ちゃんから離れる
(→保護とかではなくてね、産後入院みたいなそういう距離感で離れるってこと)

それを求めていたと思うし
誰よりもあの嫌だった経験を
聞いて欲しかったし
受け止めて欲しかったんだと思う


とにかく 娘を愛せない母親という看板を
背負っているようで
毎日本当に辛かった

「お腹の中にいる時に 
パパがいる日に生まれてきてねって
言ってたから その通りになった」

とか

「可愛くて仕方ない」
とか


周りのママたちの話を聞くのが
本当に嫌で嫌で仕方がなかった


そんなの私だって言ってたよ
でもお腹の中にいる時に言ってたこと 
何一つ聞いてなかったし
可愛いなんて全然思わない

って内心思ってた



なんで なんで?

本当はこんなに小さな子は愛おしいはずなのに
私は憎いとか 可愛くないとか
そういう感情になってしまうのだろうか?


結局 過ぎてしまった過去(出産)は
取り替えられるものではないから
時間が過ぎるのを待つしかなかったのだけれども

出産って その日からスタートするものだから
本当に大切にしたいし
大切にしてほしいって

自分にも言いたいし
お父さんになる人にも言いたいし
医療従事者の人にも言いたい

過去は変えられないし
変えられない現実もある

だからこそ 起きてしまってからの
サポート 寄り添いって
本当に大切だと思う


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