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17年越しの父への手紙。

「ガンになった。2週間後から治療を始めるからその前に会わないか。」と父から連絡が入った。

…え?困った。困ったことになった。

約6年前に逃げるような形で実家を出てから、家族とはかなり距離をとってきた。「いつかは、会わなければいけない」と思っていたけれど、ついにその時が来てしまった。

父と最後に会ったのは祖母のお葬式だから4年くらい前だろうか。私はこの6年間ほとんど家族と会わず、連絡も最小限にしてきた。「なぜ会わないのか」を他の人に説明するのはむずかしい。

私が高校1年生のときに父の不倫がきっかけで両親が離婚した。そこから、私にとって父と会うことは、二人でご飯を食べに行くことだった。母のいる家には呼べないし、彼女と半同棲状態な父の家にも行きたくなかった。弟は忙しすぎて、三人で会うのは現実的ではなかった。

父と会う日はクローゼットの中からわざわざお洒落ではない服を選んだ。スカートなんて絶対にはきたくなかったし、メイクもほとんどしなかった。

大学生のころ、父がさりげなさを装いながら「しおりは、ボーイフレンドとかいるのか?」と聞かれたときは「ボーイフレンドって死語だよ。」と冷たく返した。

別の日、彼氏とのペアリングをしていた私に「指輪はもう少し覚悟ができてからにしなさい。」と苦言を呈した父に「お父さんが言っても、全く説得力ないから。」とバッサリ切り捨てた。

父は私と会うときに毎回「写真を撮っていいか?」と確認してきた。間髪入れずに「嫌。」と拒否をしたけれど「まあまあ。一枚だけ。」とか「こっちは、ほとんど娘に会えないんだから…。」とか、言いながら何枚かは撮った。今見返してみると、写真の中の私は気まずそうな何とも言えない表情をしている。

私は新卒で入った会社を1年しか勤められなかった。心身を壊して辞めたとき、父は「もっと就職活動のときに話を聞いていればよかった。」と悔しそうにしていた。自分のコネを使って次の就職先を斡旋してくれようともした。

無職になって家に居づらくなったとき「お父さんの家に泊まらせてほしい。」とお願いした。父はすぐに「いいよ。」と、受け入れてくれた。父の家の一室で、私はダラダラと2週間を過ごした。

次の転職先についても、何度か相談に乗ってくれた。ただ、仕事については全く話がかみ合わなかった。

あまりにも話の前提がちがうのだ。どれだけ言葉を尽くして説明しようとも、伝わった感じがしない。父は熱心に質問をしてくれたけれど、私の気持ちや状況がまるで想像つかないようだった。

「ああ、お父さんは今の私みたいな挫折をしたことがないんだ。」

地元の進学校に通い、東京の国公立の有名大学にストレートで合格して、誰もが知っている一流企業に就職。順調に出世もして、定年まで勤めあげようとしている。父の友人も、私から見たらエリートな人ばかりだ。

もちろん、私の何十倍、何百倍も努力をして、犠牲も払っていただろう。私が小学生のころは深夜1時に帰ってきて、朝6時に家を出るような生活をしていたし、週末もしょっちゅう海外出張に行っていた。猛烈に働いていた父に、たった1年で心身を壊して辞めた私の気持ちはわからなくて当然だ。

でも、家族の枠組みはとっくに壊れてしまった。その上、話もかみ合わないのだとしたら、どこに会う理由があるんだろう。

お父さん。この間、4年ぶりに会ってかなり驚いた。14kgもやせて、まるで別人。体調のせいもあるのかもしれないけれど、なんだか小さく見えた。私の記憶の中にいるお父さんとは全然ちがう。

お父さんは、ずっと陽の当たる道を歩いてきた人だと思う。早々にドロップアウトした私には、そこがまぶしかった。会うだけでしんどかった。

この間、その話をしたら「無神経さみたいなこと?それは今もある?」と質問をされた。

「今は感じない。もしかして、お父さん、今は陽の当たる道を歩いていない?」と冗談っぽく返したけど、お父さんは見た目だけでなく雰囲気も変わったと思う。

彼女とも続いているようで何より。17年前、お父さんは「浮気じゃなくて本気だ。」と言っていたけど、あれは本当だったんだなぁ。

「僕の愛情が太陽の光でお母さんと君たち2人が植物だとしたら、3人のいる庭に彼女という新しい芽が生えてきた。それでも、君たちに光が当たらなくなるわけじゃないんだよ。」と言っていた。当時は意味がわからなかったけど、少しだけ想像がつくようになった。

私はようやく「誰のせいでもなかったのかもしれない。」と思うようになった。こうなるしかなかったんだって。全部、仕方がなかった。ここまで来るのに、17年もかかってしまったけれど。

父と娘

水野うたさんの #あなたへの手紙コンテスト  応募作品です。2本も応募してしまいました。ありがとうございます!

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