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今日の空は何色ですか。【小説】

「もっと、よく見てごらん。ほら、葉っぱ一枚だって、緑一色ってことはないだろう。」

茜は、うるさそうに眉をしかめた。何この人。

茜は今まで「絵が上手だ」と褒められてばかり来た。中学校の美術も5しかとったことがない。ついこの間も、美術部じゃないけれど花と緑のコンクールに出してみないかと先生に誘われたばかりだったのだ。

こんな風に言ってくる大人はいなかった。

「茜は、本物の木を見て描いていないだろう。たしかに上手だけれど、君は頭の中の”木”のイメージを絵にしているだけだ。」

葉っぱを拾い上げて見つめている。

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「これ、宿題だから。写生の日に休んだから出されているだけだし。できればいいの。」もう、放っておいてよ。ブツブツと言いたいところをぐっとこらえる。

翔おじさんはママの弟だ。ママより7つも年下なせいか、どこか大人らしくない人だった。

今日だって、フラッとうちに遊びに来て「茜、新作のボードゲームのテストプレイに付き合ってくれ!」と誘ってきた。私が美術の宿題があるから、と断ると「よし。せっかくなら大きい公園に行こう!」とウキウキとはしゃいで車を1時間も走らせたのだ。

私は近所の公園でさっさと済ませるつもりだったのに。めんどくさいことこの上ない。大体、写真だけ撮って帰って描けばいいのに、どうして外で描くんだろう。道行く人の視線が痛い。

「たとえば、今日の空は何色だ?」

「何を言っているの。空は青いに決まっているでしょ。」見上げると、いつもと同じ空。雲もほとんどない。

はぁ、とため息をつく。

「僕は心配だよ…今時の中学生ってこんなに冷めているの?」おおげさに顔を手で覆い、嘆くそぶりをした。めんどくさいオジサン。

「よぅく見てごらん。君の絵を見ると空は青一色だ。でも、実際は遠いところの空は?」

パっと顔をあげて見る。

「あ、遠くの方が薄い。」
「そう。遠いところの方が薄い水色で、真上の空の方が青は濃い。」

たしかに。言われてみると、グラデーションになっている。

「さらに、あっちの方は雨雲みたいなのがあるから、少しグレーが混ざっている。雲だって、白一色だとのっぺりして見えるだろ?」

「へー。おじさんって絵、上手なの?」

「僕は意外と色々なことができるのさ。楽しいこと、大好きだから。」別に褒めていないのに、頭をかきながら照れ笑いをしている。

「ふーん。ママが”翔は、遊んでばかりいるから真似しちゃダメよ”って言っていたけど。」

「うわぁ。言いそう。姉さんにそっくり!」笑っている場合か?と思うけれど、こっちもおかしくなってきてしまった。なんだかんだ言っても、みんな翔おじさんを好きなのは、こういうところだと思う。

「まあまあ。不思議だと思わない?日が暮れると紺色になるんだから、夕暮れだってその中間の色のはずなのに、一回オレンジやピンク、紫になるんだよ。それが、毎日あるんだ。茜はゆっくり、夜明けや夕暮れを見たりしている?」

そういえば、今年こそは「初日の出を一緒に見に行こう」って話もあったけれど、パパが起きられずに見に行けなかったんだ。日が暮れるタイミングも、大体、部活や習い事とかぶってしまうので見た記憶がない。

「見てないかも。」

「空を見ているか、は大事なポイントだ。余裕がないと、空を見なくなる。毎日つまらないと、空がきれいだって感じられなくなる。逆に言えば、空を見て感動できるうちは大丈夫だ。ほら!あっち。」

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翔おじさんが指をさした方向から、ゆっくりと空の色が変わっていた。そろそろ日が暮れる。空がオレンジに染まり始めていた。

「水色とオレンジは正反対の色なんだ。それが、空の上でこんなに綺麗に混ざり合う。自然ってすごいよなぁ。完璧だ。」

たしかに、見れば見るほど何色かは分かりづらい。特に、グラデーションのところはハッキリと何色かは言えない。いくら見ても、とらえられる気がしない。

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「…きれい。」

「な。本当に。」うっとりと言う。

どれだけ絵が上手くなっても、本物の空に敵わない。描ける気がしない。刻一刻と移り変わっていく色も、肌を突き刺すような冷たさも、全部を載せることはできない。

本物を見れば見るほど、自分の絵をぐしゃぐしゃにして隠してしまいたくなった。全然、ちがう。こんなのじゃないのに。宿題だから適当でもいい。別に本気で描かなくたっていい。そう思ってはいるけれど、絵を褒められて得意になっていた自分が恥ずかしくなってきた。

「茜。宿題は、ただのきっかけだ。きれいな景色を、これから自分の目で見ていこうな。写真じゃ伝わらないものもあるんだ。友達はまだ運転できないだろうし、姉さんや義兄さんも忙しいからなぁ。僕にできることはこんなことくらいだけど。」

「うん。」見れて、よかった。

「よし!じゃあ、帰ったらボードゲームの感想を聞かせてくれ。」翔おじさんは、絵の道具を片づける私にサラッと要求した。

「えっ。諦めてなかったの?私、絵を仕上げなきゃいけないんだけど。」夕飯後まで居座る気だろうか。ママの怒る姿が目に浮かぶようだ。まあ、なんだかんだで多めに夕飯を用意してくれているんだろうけれど。

「まあまあ。真面目なだけじゃ、つまんなくなっちゃうぞ?そして、俺は仕事で使おうかと思っているんだけど、色々な人の意見を聞いておきたいんだ。」冗談かと思ったけれど、目が本気だった。

「なーんだ。おじさんも仕事じゃない。」
「そうだよ。おじさんは真剣に遊ぶことが仕事なのさ。」
「おじさんの仕事、何回聞いてもよくわかんない。ママは、あんなの仕事じゃないって言っている。」
「まあまあ。心配しなくても大丈夫。僕も自分が何屋さんなのかはよくわかっていないから。」
「それってどうなの?」

いつの間にか、空には一番星がチカチカと輝いていた。月もぼぅっとあたりを照らしている。満月が近く、まんまるな月だった。淡い、紫と紺色を溶かしたような空だった。

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