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書評:梅森直之『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』

グローバリゼーションにおけるアイデンティティとナショナリズムの関係

今回ご紹介するのは、梅森直之『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』という著作。

本著は、『想像の共同体』の著者アンダーソンが2005年に早稲田大学で行った講演とその解説が納められた著作である。

アンダーソンは、「アイデンティティ」と「ナショナリズム」という2つの概念によりグローバリゼーションを論じている。

①アイデンティティの「機能」

アンダーソンは、クリフォード・ギアツによる「文化とは、人間の行動を支配する制御装置」という定義を頼りに、「アイデンティティはその「文化」と個人をつなぐインターフェイスである」と見る。

個人はある文化内で振る舞う時、その文化に直接接続されるのではなく、「アイデンティティという型にはまる」ことで文化と接続し、社会における「適切な」振る舞いを無意識に実践する、という主張だ。

このアイデンティティ論は面白い。アイデンティティという言葉が本来意味するところは、「それそのものであること、及びその状態を確立する際の拠り所」。通常なら個性を彷彿させる言葉だ。

個性を彷彿させる言葉を、ある文化圏に属する人が共通して活用する「型」として論じる立論は大変興味深い。

これは、アンダーソンはアイデンティティを「人が文化に準拠するための機能」と捉えているということであろう。

「アイデンティティとは何か」ではなく、「アイデンティティなる言葉が指すものは、どのように機能するか」を語るのがアンダーソンの立論だ。

②アイデンティティ・クライシスと他者

この機能としてのアイデンティティが揺らぐ時(アイデンティティ・クライシス)、一体何が生じるのか。

これは、人間の「自由」と密接な関係を持つとアンダーソンは指摘する。

個人はその時アイデンティティを介して文化にアクセスできなくなり、文化が決定してくれないことを自らで決めなければならなくなる、という指摘だ。

しかし実は、「他者」とのコミュニケーションを可能にするには、上述のように自身の文化やアイデンティティから開放された「自由」が不可欠な条件となるのだ、とアンダーソンは見る。

③本著におけるグローバリゼーション

「グローバリゼーション」は通常、「カネやモノの動き(≒経済活動)のを中心とした、比較的最近生じた世界規模での構造的変容」と言った現象を意味する。

しかしアンダーソンはグローバリゼーションをそのような意味では捉えず、徹頭徹尾「ヒトの認識」という次元で捉えている。即ち、時間と空間の共有感覚の広がりとしてグローバリゼーションを考えるということである。

アンダーソンによれば、それは19世紀末の通信と輸送の革命的発展に始まったという。

そして以降生じたのは、ある場所で生まれた理念や思想が世界中を移動し、その土地その土地で固有の意味を帯びながら人々を実践へと駆り立てていくダイナミズムだとする。

これはグローバリゼーションと「ナショナリズム」が二人三脚で進んでいくことを意味している。

④ナショナリズムとグローバリゼーション

かくしてナショナリズムはグローバリゼーションという舞台で演じられる思想運動の一つとして位置付けられることとなる。

この視点の独自さは注目に値するだろう。

通常の概念理解では、グローバリゼーションとナショナリズムは対立概念と捉えられる(グローバル⇔ローカル)。そしてその関係を無意識のうちに前提としがちとなる。

対してアンダーソンは、グローバリゼーションとナショナリズムの協業関係を見出している。

◯アイデンティティ・クライシスにより、文化により行動の規定を受けられない(自由に行動するしかない)範囲が拡大する

◯アイデンティティ・クライシス後も文化が個人の行動を規定できる範囲においては、引き続き文化が個人を規定する

◯他方個人が文化に依拠できなくなった行動領域においては、個人に自由な行動の選択の余地が生まれ、他文化・他者との積極的な交わりが行われることになる

この流れを正確に理解するならば、自由とグローバリゼーションにおいて、他者と交わる範囲・対象は当該個人が属した文化圏におけるアイデンティティ・クライシスの内容と文化の行動規定内容の掛け合わせに依存することとなる。

つまり、グローバリゼーションの進展という文脈と言っても、その対象や内容・範囲はあくまで個別具体的な思想運動だということだ。

⑤最後に

グローバリゼーションを経済を中心とした世界の一体化という画一で捉えず、文化や思想面も包摂した運動として俯瞰的に捉える視点を知れる、大変読み応えのある著作である。

読了難易度:★★☆☆☆
目線高い度:★★★★☆
俯瞰的視野度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★☆

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