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クラマラス 8話 (長編小説)

「なんか眠たそうだね」
朝、葛西くんはいつもより眠たそうにしていた。

「うん、昨日曲作りに熱中しちゃって、寝る時間が短くなった」
「なるほどね、ご苦労様です。バンドは昨日から本格的に始動?」
「そうそう」

「で、バンド名は何にしたの?」
「あーまだ決めてない。それよりベースを入れようかなって思ってるんだよ」
「ベースねぇ」

「誰か知らない?」
「え?うーん・・・わからないなぁ」
低音の弦楽器だったら心当たりがあるが、ちょっと簡単には話ができない。

「見つかるといいね」
「そうだね。見つかると良いなぁ。実は今日初めての練習なんだよ」
「楽しみ?」
「すごく」
葛西くんの表情で私は笑ってしまった。

「そういえば北野さんの方はどうなったの?」
驚いた。

「何?そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「は?何言ってんの?鳩が豆鉄砲食らったような顔ってどんな顔よ?」
「いや驚いてたじゃん」

「そりゃだって葛西くんが私の事聞いてくるなんて初めてのことだからでしょ」
「そうだっけ?」

2人で話しをしていると何だか昔から仲のいい友達みたいな気がする。本当は何も知らないのに。

「コンクールなんだけどね、結論から言ってA部門に出場することになりました」
「おー!良かったね」
「それがさ、私がね心を決めてみんなに『やっぱりA部門がいいです』って言おうとしたら筒井も橋本さんも『A部門で頑張りたい』って言ってくれて、部長もそれに乗ってくれて。晴れて全国!目指しますよ!」

「じゃあ練習始まるんだ」
「そうなの!これから忙しくなるよ!葛西くんもバンドで忙しくなるでしょ?」
「そうそう、やりますよ!」

 部室に入ると山下さんがいた。山下さんはたくさん練習してくれている。この子がいなかったら私は『1年生も入れてフルメンバーでコンクールを目指したい』とは言わなかったのだろう。山下さんには感謝してる。

「おはようございます」
「おはよー」
「早速なんですけどここの吹き方が難しいんですよね」
「あー確かに難しいよね」

コンクールには課題曲と自由曲がある。課題曲は指定された5曲の中から一曲を選んで演奏する。今回は課題曲Ⅲの『虹の向こう』この曲はトランペットがなかなか難しいのだ。特に真ん中あたりから。

「これはねぇこんな感じ」
吹いてみる。なかなかいい感じだ今日もいい音が出ている。

「なるほど、でも北野先輩の音みたいにならないからなぁ、だって上手なんですもん」
「あら、言ってくれるねぇ嬉しい。山下さんも上手よ」
「いやぁ照れますね」
「あの、ちょっと静かにしてくれる!」
橋本だ。今、ちょっと気が立っているのだろう。そう言って出て行ってしまった。

「あちゃーやってしまった。今はピリピリしてるんだ」
「やっぱりソロを吹くからですかね?」
「そうでしょう」

「でも何で橋本先輩なんですかね?技術なら北野さんもあるのに」
「そんなことないよ、橋本はどんなことがあっても変わらない音が出せるからね、それを見込んで滝野先生は橋本にソロを任せたんだと思う。私だったら毎回変わってしまうかならなぁ。例えばコンクール前日に一睡もできなくてグロッキーな状態でソロを吹いたら聴けたもんじゃないよ。コンクールの為の編成。何も文句はないよ」

「流石ですね。ちゃんとそこまでのことを考えているなんて。私も見習わなくちゃ」
「よし、ならまず練習だ」

橋本のことは気になる。あんなに気が立っている橋本は初めて見る。だけど今は近づかないほうがいい、3年も隣で吹いていればよくわかる。

 橋本は戦友でもありライバルだ。そりゃ今回の課題曲のソロを吹けないのは理解は出来ても悔しさはある。ただそれを橋本が吹いてくれるのなら任せてもいい。橋本は放課後声をかけてみよう。そのぐらいの距離感でいいのだ私達は。

「どう?調子は」
「いいよ、とっても」
橋本はそんな風に言った。

「あ、そう」
私もこのくらいで返す。
「うん・・・朝はごめんね」
「いやいや、こっちこそ練習の時間でした」

「ねぇどうなのかな?私本当にソロ吹けるのかな?」
こんなに不安そうな表情は初めて見る。いや、不安な気持ちはいつもあったんだろう。

「覚えてる?1年の頃」
「覚えてるよ、あの頃は付いて行くことに必死で、それなのにそれを簡単に乗り越えていく隣の北野に腹が立っていた」

「喧嘩したよね」
「そうだ!したした。逆恨みだったよねぇあれは1年の時の秋祭のイベントだった。滝野先生が初めて北野をソロに指名して、それは今になってみたら先輩たちもちゃんと認めてたのに、私は『先輩を差し置いてなんで北野がソロなんだ!』って怒って」
「あれは怖かったなぁすごい剣幕だったもの」

「でもね、あれは私が置いて行かれたと思って怒ったんだよね」
「先輩たちが間を取り持ってくれて、ちゃんと仲直りが出来た。それ以来私達呼び捨て」

「そうそう、あそこから同学年は呼び捨てになった。北野はさぁあの時のソロどうだった?」

「そりゃ緊張したよ。コンクールみたいな場所じゃないけど、秋祭りのイベントはいろんな人が観に来るから『上手くやらなくちゃ』『ちゃんと演奏しなくちゃ』って思って。でもねソロって一人で吹くんじゃないんだなって思った。後ろを守ってくれてる人がいる。あぁなんだ、みんなが守ってくれてるからソロって楽しいんだってね」

 確かにソロは重圧でだけそそれに比例するほどの充実感がある。ソロをとりたいと思うのはそう言うことだ、そこにちょっとの自尊心と注目されたい気持ちとがあって。

「なんかちょっとそれ、かっこつけすぎじゃない?」
「確かにね」
そんなやりとりをして私達は笑い合った。橋本はきっと大丈夫だろう。

「あ、北野、あなたの音はね今は本当に楽しそう。すごくいいと思う。あとはそれを維持。北野は気分で音が変わるからね」
見透かされていた。まさにその通りだ。

「精進します」
そう言って個人練習に分かれた。



 今年の課題曲は『一言で言うと勇壮だね』と言っていた。出だしの音から始まって4小節後、木管楽器が静かに奏でる。低音が加わり、トランペットのアンサンブル。

 雨が降ってそれが大地を潤し、晴れ間が見えて虹が掛かり、幸せの道を歩いていく。そんな幸せな曲だ。

 北野さんはそう説明してくれた。それは是非とも聞きたいが、練習中を覗くことなんて出来ないし、僕は僕で色々とやることがある。

 バンドを組んで放課後学校にいることが多くなった。今、教室にいるのだが吹奏楽部が演奏している音が聞こえる。これはサックスか、あ、今トロンボーンが変な音出した。

 放課後には意外といろんな音がする。野球部の掛け声とボールをバットで打った時の小気味のいい音。サッカー部のボールを蹴った鈍い音。

 体育館は・・・これはバスケットボール部かバレーボール部のボールが床に弾ける音。武道場の剣道部の掛け声。

 部室棟ではエレキギターとドラムの騒々しい音、いろんなところで吹奏楽部の練習している音。その中でも特別明るいトランペットの音。

 こんなに音があるなんて気がつかなった。これまでは早く帰りたいと思っていた。早く帰って自分の音楽に没頭する。それで良かったのだが今はこんなにいろんな音に包まれている。『支配されている』のではなく『包まれている』そして目の前には彼らがいる。

「バンド名どうするよ?」
「クラマラス」
「クラマラス?」
「うん今さ、放課後って意外と騒々しいなって思って、それを英語で何て言うか調べたら『クラマラス』だって。どう?」

「クラマラスかぁ」
「なんかいいっすね」
「うん、良いと思う。クラマラス」
「じゃぁ僕らのバンドは『クラマラス』でいきましょう」

バンド名はそんなインスピレーションから決まった。我ながらいい響きの単語を選んだなって思う。その次は練習課題のコピー曲を決める。

「アジカンがしたいです。リライトとかやりたい」
と大原が言う。

「俺は谷村新司の『昴』やりたいな」
「は?」
「いいと思うんだよ、バンドで『昴』」
「いや良い曲だけど」
僕は浦野の提案に驚いた。しかし、少し「良いな」とも思った。
「それ良いと思います」
大原もそう言った。

「じゃあやってみようか」
提案を飲んだ、『クラマラス』の練習曲は『リライト』と『昴』になった。

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