「儲かる農業」の掛け声の裏で

shinshinohara

日本はこのところ、「儲かる農業」ばかりを目指してきた。儲かるといえば野菜などの園芸作物。野菜の売上は、もはやコメの売上を超えている。コメは作っても儲からず、トマトの方が高く売れる。なんせ、同じカロリーならトマトはコメの100倍高く売れるのだから。

農水省はコメばかりにこだわるのをやめ、儲かる農業を推進しろ!という声がこのところ、大きかった。国民からも政治家からも批判の大合唱で、さしもの農水省も世論に負け、コメを優先する政策を改めようとしている。そしてコメも、アメリカに対抗して安く作れるよう、生産性を高めようとしている。

では、世界一の農業国と言えるアメリカは、あれだけ世界中に食料輸出するくらいなのだから儲かる農業なのかというと、そうではない。小麦やトウモロコシなど穀物は、政府から所得保障という名の補助金が出てるから農家もなんとか生活できてる状態。つまり作れば作るほど政府からの持ち出しが増える。

つまり、アメリカはトウモロコシや小麦生産で儲けるつもりがない。コンピューターやインターネットなどの他の産業で儲けたお金の一部を農業につぎ込み、農家に補助金出して、穀物を安く販売させている。なんでそんな気前のよいことをしているのだろう?

アメリカから食料輸入してる国からしたら、アメリカ政府はわざわざ自国の予算で小麦やトウモロコシが安くなるように補助金を出してるようなもの。出血大サービス。なんて気前のよい。こんな気前のよいことをなぜアメリカは行うのか?2つ理由があるように思う。

一つは自国の食料安全保障を高めるため。アメリカで消費しきれないほど大量の食料を普段から作っておけば、いざというときに不足する心配はない。補助金つけて安く輸出するという出血大サービスをしてでも、普段から大量に生産することで食料安全保障を高めている面がある。

もう一つは、外国の胃袋を握ること。アメリカの輸出する穀物は安い。アメリカの平均的農家は、四人家族を養うことができないくらいにしか売上がない。妻に働きに出てもらい、農家の自分は政府から所得保障をもらってなんとか生活。なんせ、トウモロコシの価格は生産に必要な経費さえまかなえない。

それだけ安く販売する穀物は、アフリカの貧農でさえ太刀打ちできない。アフリカの農家は、腹の膨れる穀物を作っていては、安すぎて生活できない。やむなく穀物を育てるのを諦め、コーヒーやカカオなどのプランテーションで賃仕事で働かざるを得なくなる。しかしそうした商品作物の価格が下落すると。

給料が下がり、安かったはずのアメリカの穀物も買えなくなる。しかしアフリカの穀物農家はアメリカの安すぎる穀物のせいでいなくなっている。こうして飢餓が発生しやすい国情を生んでいる。アメリカの安すぎる穀物は、アフリカで飢餓が起きやすくなる原因とも言える。

そう考えると、農水省はこれまでうまく立ち回っていたと言える。アメリカの安すぎる小麦には200%の関税をかけ、パンが安くなりすぎないようにすることで、コメの生産を守ってきた。アフリカのように穀物生産から手を引かざるを得ず、飢餓の発生しやすい状況になるのをなんとか回避してきた。

しかし「儲かる農業」の大合唱で、世論を味方につけられない農水省も、コメを守る姿勢を続けられなくなった。コメ優先の政策を諦め、儲かる農業推進にカジを切っている。しかしこれ、カロリーの稼げる穀物生産から手を引かざるを得なかったアフリカの二の舞いになる恐れがある。

ただ、日本はアフリカと事情が異なる面がある。アフリカは農業国が多い。穀物生産を諦めても、工業など非農業で働き口がない。だからプランテーションの賃仕事につくしかない。コーヒーなどの商品作物が暴落すると給料が下がり、穀物が買えなくなる恐れがある。これに対し日本は。

自動車産業が稼いでくれるおかげでそれなりに雇用があり、その人たちが外食してくれることでサービス業も盛ん。勤め先が多い。また、自動車産業などは海外に輸出して儲けることで食料の輸入も可能にしている。コメなど穀物生産をやめても、海外から食料を輸入する経済力がある。しかし。

当の自動車産業が、もしかしたら一気にコケるかもしれない。電気自動車へのシフトはものすごい勢いで進み出し、日本が世界に誇る自動車産業も、ついに儲かる産業でなくなる恐れがある。他方、アフリカの国も何時迄も農業国ではいない。工業国、そしてIT立国を目指している。

日本から目立った産業が失われ、貧しかったはずのアフリカも産業的に勃興してくれば、日本の技術が陳腐化し、稼げなくなるかもしれない。そんなとき、カロリー稼げる穀物生産をやめてしまっていて、本当に日本の食料安全保障は大丈夫だろうか?稼げなくなれば食料を輸入するお金もなくなるのだから。

コメでなくても、カロリーの稼げる穀物はある。パンやうどんの原料である小麦もそう。ただ、日本の気候では小麦の大量生産は難しい。涼しく乾燥した気候を好むのに、日本は温暖湿潤。しかも小麦の場合、カビが発生するとアフラトキシンという猛毒が含まれるようになる。梅雨のある日本は厳しい。

コメはそうしたカビ毒の心配がない。温暖湿潤の気候にもマッチしている。様々な穀物を見渡した上で、コメは、日本の穀物生産を考える上で、やはりかなり向いてる穀物だと言える。穀物生産を日本で行うなら、やはりコメが向いていると言えるだろう。

しかし「儲かる農業」を推進するあまり、コメがないがしろにされている。作っても儲からないし、農水省も世論に押されて補助しにくくなったから、よけいにコメは儲からず、生産から離れる農家が増えている。コメは安すぎて、大規模農家でもあまり儲からない。手を出したくない作物になりつつある。

コメをやめたら、日本の穀物生産は壊滅的になるだろう。小麦生産も頑張るべきだとは思うが、なにせ気候の相性がよくない。コメのようには増産がしにくかろう。
アメリカが穀物に事実上の輸出補助金を出している状況では、穀物の価格で勝てない。「儲かる農業」を考えてるうちは、穀物生産はムリ。

ただ、日本もアメリカのように農家に所得保障したくても、農家がまだ多すぎるという問題もある。農家が多すぎれば、所得保障の金額が大きくなり過ぎて予算が膨れる。コメ農家が十分に減り、大規模な農家が少数になれば、政府も無理なく所得保障できるかもしれない。

しかし日本は山がちな地形で、田んぼは傾斜地にあると一枚の大きな田んぼにできない。小さな田んぼをチマチマ耕さざるを得ない。規模拡大ができず、大規模化のメリットが出しにくい。少数の大規模農家に集約したくても、手間がかかりすぎてコメを嫌がる恐れもある。

日本の場合、大規模化もある程度のところで見切りをつけ、所得保障をせざるを得なくなるかも。しかし「コメばかり優遇してる」という世論の中では、政府も所得保障しづらかろう。結果、「儲かる農業」という掛け声につられて、コメ生産を維持することもできず、腹の膨れない野菜ばかり作るかも。

それに、所得保障したくても、自動車産業などが傾いていく中、非農業の稼ぎをコメ農家につぎ込む予算的余裕も失われるかもしれない。そうなると、アメリカの安い穀物に胃袋を完全に握られた国になるかもしれない。

戦後昭和の日本は、アメリカの属国のようでありながら、面従腹背でなんとか安い小麦の流入も高い関税をかけることで押し止め、コメの生産を守ることで、ギリギリの食料安全保障を守ってきたとも言える。しかしここに来て、農協批判、コメ農政批判が高まり、世論が背中から銃で撃つ格好。

日本は自ら、「儲かる農業」の呼び声を高めることで、穀物生産から完全に手を引き、アメリカに胃袋を牛耳ってもらう政策を取らざるを得なくなっている。
日本はどうせ当面、どれだけ頑張っても食料を完全自給できない国。だけど、穀物生産を完全にやめてしまうほど無防備でよいのだろうか。

私は基本、農業も儲けるべきだと思う。思うが、「儲かる農業」を推進してばかりだと、日本から穀物生産を消してしまいかねない。そして、補助金つけてまで安く穀物を輸出してきたアメリカの戦略にまんまとはまる国の一つとなる。それでもよいのか?という問いを、立てる必要があるかもしれない。

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