【20日目】しんさい工房 ‐チョコ‐

健全な男子中学生の興味なんていうのは、大体が異性のことだ。
この年代は、彼女という言葉に強烈に憧れを抱く。

いくら仏門に足を踏み入れていたとはいえ、僕も年頃の男の子だ。
まだ修行中の身なので、もちろん悟りなど開けているわけもない。
そこにおいては例外ではなかった。

薄々感じていることかと思うが、僕がモテなかったことは想像に難くないだろう。
周りが色気づいてラフに制服を着こなしたり、髪にワックスをつけてセットをし始めるこ
ろ、世間の目を気にする僕は制服を着崩すこともできなければ、ワックスをつける髪すらなかった。

冷静に考えてみたら当然のことだ。
女の子からすれば、たくさんの男子がいる中で、あえてお坊さんを選ぶ必要なんてないんだ。
仮にその恋が実ったとしても、めんどくさそうな匂いもする。
たぶん僕が女の子だったとしても、なかなか手を出せない代物だっただろう。

そんな僕でも、淡い期待を膨らましてしまう日があった。
女性から男性にチョコレートを贈り告白をする日。
そう、バレンタインデーだ。
ちなみに僕の誕生日はバレンタインの次の日なので、ワクワク感もひとしおだ。

毎年バレンタインデーの男子というのは、どことなくソワソワしており浮足立っている。
通学時にドキドキしながら下駄箱を開けたり、普通に席に座っているフリをしながら机の中に手を入れて、チョコレートや手紙が入っていないかを確認したりしている。
期待なんかしても虚しくなるだけだというのはわかっている。
それでも期待したくなってしまうのが男の性だ。

その日も、いつものように時間は過ぎていく。
もちろん、僕には何も起きないまま放課後を迎えた。

仲の良い友達と玄関に向かったその時だった。
僕の外靴に1枚の紙切れが入っていることに気が付いた。
僕はその時の場面がいまでも忘れられない程、当時の興奮を鮮明に覚えている。

ここで大事なのは平常心だ。
不自然な態度を取ってしまうと、友達から疑われてしまう。
大丈夫。僕はこの日のために、月に何度も座禅会に通っていたんだ。
こんなところで取り乱すような男ではない。

「ちょっと忘れ物しちゃったから先行ってて」

紙切れをポケットに隠すことに精一杯で、不自然な感じ丸出しで僕は友達に言った。
すでに見られ方なんてどうでもよかった。
僕にも彼女ができるかもしれない。
そっちのワクワク感の方が遥かに勝っていた。
とにかく玄関を離れ、一人になれる場所でドキドキしながらその紙切れを開いた。
そこには、女の子の綺麗な字でメッセージが書かれていた。


今日は遅くなるから、晩ごはん先に食べててね!
母より


下駄箱に母親から手紙が入っていることなんて、これまでに一度もなかった。
仮にあったとしても、一年の中でこの日だけは絶対にやってはいけない日だ。
人の落ち込み度合というのは、理想と現実のギャップの大きさで決まる。
僕の母親は、いつも想像の斜め上を行く人だった。
僕は駆け足で友達のところに向かう。
その日の晩ごはんがなんだったのか、すっかり思い出せない。


一方お寺の方では、相変わらずのモテっぷりだった。
僕はもうお通夜の他に告別式にも出るようになっていた。
朝は学校に行き、1時限目の途中で中抜けして告別式に出て、火葬場に行っている間に学校に戻る。
早めにお昼を済ませ、昼休みの途中でまた中抜けし、繰り上げ法要に出てまた学校に戻る。
まるで芸能人のような通学スタイルだった。

そんな中、僕は初めてお寺の仕事で人からお金をもらった。
その日の夜に、僕は父親からとても大切なことを学んだ。
その時の出来事が、僕のいまの概念をつくっているといっても過言ではない。

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