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【33日目】しんさい工房 ‐ひとり‐

大学の大講堂のステージの幕が開くと、突如仏像が現れた。

ひとり暮らしをして、初めて親のありがたみがわかる。

親からの仕送りをもらわないという選択をしてしまった僕は、とにかく働く必要があった。
生きていくにはお金が必要だ。

僕は大学生活のことを考え、2月の中旬には大学の近くに引っ越しを済ませ、アルバイトを探し始めた。
理由は単純だ。
大学生活が始まってからのバイト探しでは、他の同級生と被る可能性があり、求人の幅が狭まると思ったからだ。
少しでも早くにバイトを始め、大学生活がスタートした時にはバイトに慣れておきたいと考えていた。

時給が良く、少しでも食費を浮かせられる仕事。
条件はこれだけだった。
そんな僕が初めてのアルバイトに選んだのは、近所のセブンイレブンでの深夜バイトだった。

これまで22時消灯という世界で育ってきた僕にとって、22時~7時というシフトは未知の領域だった。
22時以降の世界というのは、大晦日から元日にかけて行われる法要(お寺の行事)のときぐらいしか知らない。
本当に働けるのか不安はあったが、背に腹は変えられなかった。
僕の答えは、昔から「はい」か「YES」だ。

昼は自動車学校に通い、夜はアルバイト。
入学前にできる限りのことは終わらせておく。
僕は扶養の範囲内で働ける、最大限の勤務時間で働くことにした。

初めてのひとり暮らし、初めてのアルバイト。
初めて尽くしの新生活の中、僕は親に感謝した。
ひとり暮らしをして、初めて親のありがたみがわかるとはよく言ったものだ。

外の暮らしはなんて楽なんだ。

セブンのオーナーや先輩も、父親に比べると仏に見える。
炊事洗濯も自分の分だけでいい。
父親の足袋を洗ったり、出迎えに行くことも必要ない。
携帯を折られるリスクもない。

これまで両親は、僕の自立を考えてあんな生活を強いてきたのか…
ありがとう…

なんて思う訳はないが、正直、初めてのひとり暮らしで困ることは何ひとつなかった。
その点について、僕は親に感謝した。

初めてのアルバイトはとても楽しかった。
振り返ってみると、僕は中学1年生からお寺のことを仕事としてやってきていた。
ただそこには僕の選択の自由はなく、やりたいかやりたくないかではなく、それをやらなくてはいけないという環境だった。
僕はアルバイトという形で、初めて職業選択の自由を得ることができた。

自分で選ぶということには責任が伴う。
けれど自分で選択できるということは、とても幸せなことだ。
そのことを僕はよく知っている。


これまでの進学には、いつもストレスを感じていた。
それは人間関係が振り出しに戻るからだった。
だが、今回の進学に限っては違った。

僕が進学した大学は、お寺の宗派の仏教系大学である。
つまりそれは、同じ宗派のお寺の子供が進学してくることを意味していた。

ひとりじゃない。
これがどれほど僕を勇気づけてくれたことか。
誰だって孤独は怖い。
僕は密かに、同じような境遇で育った同級生に会えるのを楽しみにしていた。

入学式。
僕は新入生代表であいさつをすることになっていた。
最前列で自分の出番を待っている。

僕は葬儀などで人前に出る機会がたくさんあったが、人前に出るときはいつも緊張して手足が震えてしまう。
それはいまでも一緒だ。
セミナーなどをやっても、始まる前はいつも緊張しているし手足も震えている。
そんなときは緊張しないことを目標とせず、緊張することを前提としてやるべきことに注力することが重要だ。

これからのキャンパスライフに期待を膨らませて入学した大学であったが、そんな僕の淡い期待は次々と音を立てて崩れていく。

入学して1週間。
やっぱり僕は孤独だった。

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