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たゆたう白玉

 い意地が張っているのか、食べ物の描写がある作品に食いつく。いちばん好きなのは本。小説からエッセー、漫画、絵本まで何でも読む。
 思えば子どものころから、「わかったさん」シリーズが大好きだった。「夢水清志郎」シリーズに出てくる羽衣母さんのカレーを食べてみたい。「地下室からのふしぎな旅」に出てくる、粒の揃った大きな焼きとうもろこしにかぶりついてみたかったし、「霧のむこうのふしぎな町」に登場するトケの店のはちみつパイがどうしても食べたかった。ナータの、たくわんとマヨネーズを挟み込んだ黒パンでさえも。
 映画は「かもめ食堂」「トイレット」を繰り返し鑑賞する。食べ終わったあとはいそいそとおにぎりを握り、あるいは餃子を食べに行く。「新しい靴を買わなくちゃ」にいたっては、毎回赤ワインのボトルを買ってきて、飲みながら見る。(毎回、途中で少し寝る。)
 このたび、それらにめでたく浮世絵が加わったことをお伝えします。
 森アーツセンター「おいしい浮世絵展」。江戸前の寿司、そば、天ぷら、うなぎ、日本酒、ご当地料理エトセトラエトセトラ。江戸時代の文化に、見慣れぬ料理も。
 まさか絵で腹が減るとは。職人の手仕事の写真やレシピまで展示されているのだから、企画者は(おそらく)威信をかけて来場者に「おなかすいた!」と言わせにきている。そして、あらがえない。
 季節ごとに旬のものを味わう。夏にはひんやりとした白玉を、当時の贅沢品である砂糖をかけて食べた、とある。
 国芳の「名酒揃 志ら玉」に付けられたキャプションが秀逸。

「水を張った大鉢にたゆたう白玉をうれしそうにすくう女性。青い絞りの着物にほつれた髪。」(「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい」図録より抜粋。)

 見ているだけで涼しい。いとをかし。家路に向かう私は、食欲という煩悩のかたまり。あなおそろしや。
 運のよいことに、偶然にも白玉粉が家にある。というのも、冷ました冬瓜の味噌汁に白玉を入れて食べたいと思っていたのだ。夏に食べたいお味噌汁ベスト3。ちなみにあとの2つは、なすと茗荷の味噌汁、とろろ昆布とトマトの味噌汁である。
 今夜は外に出る予定だから、味噌汁は明日にでも。大丈夫、食べる分だけ作るという技は持ち合わせていないため、一度に食べきれないほどできる。いつでも白玉食べられる!
 白玉粉に水を加えて、耳たぶのかたさにまで。先に丸めて置いておこうと思ったら、お皿にくっつく。慌ててもたもたと水を沸かし、沸騰したところに丸めては入れ、入れては丸める。実家暮らしなので感染症対策により台所ではマスク必須。暑い。
 あまりの手際の悪さを見かねて、親が手伝ってくれるという有り様。どうもすみません、白玉あずき一緒に食べようね。まあ実際は東京勤めの身、高齢の両親に何事かあってはいけないので、1人さみしく食べるんだけどさ。
 氷水にさらし、きれいなお水を張った丼に入れて食べるまで冷蔵庫で冷やす。つるんとした白玉は、真っ白で静かにたたずみ、じっと見ていても飽きない。キンキンに冷えたビールやかき氷とは違う、そっと寄り添うような涼やかさ。
 江戸時代には白玉の一部を赤や黄色に色づけしていたそう。涼の取り方にも、ちょっとした華やかさを求めるのだろうか。おいしいものを楽しく食べる幸せ。
 さ、そろそろいい具合に白玉が冷えたかな。

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