見出し画像

「真帆」という言葉

 国語辞典で「真帆」という言葉を見つけたのは、小学校6年生のときでした。
 5年生から担任だった女の先生が、国語をとても大切にする方で、クラスの全員に「毎日ひとつ、テーマはなんでもいいから作文を書いてきなさい」という宿題を出していました。
 400字詰め原稿用紙1枚程度の短い作文です。日記みたいなものですね。

 書くことがない、と言って困っている子もいましたが、私は、「テーマがなんでもいいなら、コップ1杯の水を目の前に置いて観察して書いてもいいんだし、なんとかなるさ」と考えて、わりと楽しんで続けていました。
 いま思えば、私の物書きとしての基礎は、あの宿題でけっこう培われたのではないか、という気がします。

 そして、6年生のある日。毎日1枚ずつ提出してきた作文を、それぞれにまとめて紐でくくり、ひとり1冊の作文集にすることになりました。厚紙で表紙と裏表紙をつけ、文集タイトルを自由に決めて、表紙を絵やレタリングでデザインするように、とのことでした。
 たしか事前に「タイトルを考えてきてね」と告知され、実際に表紙をつくる作業は図画工作の時間にしたのだと思います。

 自分の作文集のタイトルを、どうしようか、私は悩みました。
 自分の名前は姓も名も好きではなかったので、「〇〇(名前)の文集」とか、そういうのはいやだなあ、と思いました。かといって、「ひまわり」とか「思い出」とか、「いちご文集」とか、そういうありきたりな感じも避けたかった(笑)。

 悩んだ末に、「自分の名前の一字が使われている、素敵な言葉を探してみよう」と思い立ちました。
 私の本名の、下の名は「真子(しんこ)」といいます。
「真」が含まれている素敵な言葉を見つけたら、自分の名前も好きになれるような気がしました。
「真」は、「しん」「ま」「まさ」などと読む漢字です。
 そこで、国語辞典を持ってきて、「しん」で始まる言葉をひとつずつ見ていきました。それが終わると、次は「ま」で始まる言葉を。

「ま」で始まる言葉を見ていくと、必然的に「まさ」で始まる言葉も出てきます。しかし、これと思う言葉はなかなかありません。「ま」のカテゴリーも終わりに近づいて、ようやく見つけたのが、「真帆(まほ)」でした。
 真帆は、船の帆を順風にかけること、帆の全面に風を受けること、を意味する言葉です。
 素敵な言葉だなあ、と、私はひと目で好きになりました。
 そして、自分の作文集のタイトルを『真帆』とつけました。
 いまから40年ほど前のことです。

 以来、私にとって「真帆」は特別な言葉になりました。ずっと、お守りのように自分のなかに持っている、という感覚です。
 中学時代に友達と、趣味で漫画を描いていたときは、人気アニメのタイトルをもじって、真帆野魔子(まほの・まこ)というペンネームを使っていたこともあります。

 現在の筆名を使い始めたのは、20代の後半です。当時は児童文学を書き、真帆を使った筆名をいろいろ考えて、公募に投稿していました。
 そのなかで、本名の読みの「しん」を合わせ、「真帆しん」として応募した最初の作品が、第14回アンデルセンのメルヘン大賞に選ばれました。

 大ファンだった童話作家の立原えりかさんが選考委員長をしている、憧れの賞でした。イラストレーターの山口はるみさんが、私の作品に絵をつけてくださいました。

 この受賞をきっかけに、創作作品の発表には真帆しんの筆名を使うようになりました。30代のとき、ちょっと画数を気にして「沁」の漢字をあて、「真帆沁(まほ・しん)」と表記するようになりました。

 これが私の筆名、真帆沁の由来です。
(最近は、海外の方にも読んでいただけるよう、noteのアカウント名には読み仮名としてMAHOshinと添えています。)

 真帆という言葉は近年、女性のお名前にちらほら見かけるようになりました。そうしたお名前を目にすると、うれしくなります。
 私と同じように、この言葉を見つけて、好きになり、お子さんの名前にした親がいるんだなあ、と思うからです。

 人生は、いつも順風満帆とはいきません。でも「真帆」は、前に進むちからを持った言葉だと、私は考えています。
 風を読み、風をつかみ、ときには帆をたたんで休み、いい風がきたら臆せずに帆を張って、前へ前へと進んでいく。そんな人でありたいと願う気持ちを、私は自分の筆名にこめているのかもしれません。



◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、scoop_kawamuraさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

この記事が参加している募集

名前の由来

ありがとうございます。みなさまのサポートは、詩や文章を生み出すための糧として、大切に使わせていただきます。また、お仕事のご依頼はページ下部の「クリエイターへのお問い合わせ」からお願いします。キリスト教メディアの出演・執筆依頼も歓迎です。