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未来へ続く道 ~前に進んでいきたいときに、力になる聖書の言葉

 今週は仕事を頑張りました。かなり疲れている金曜の夜ですが、やろうと思っていたことはすべて果たせたせいか、心地よい疲れです。
 この週末はいったん立ち止まり、いま自分がいる足もとから未来へと続く道を見つめて、来週のために必要な準備をしたいと思います。
 見つめる、と言っても、実際に見えるわけではありません。自分の目標や、到達したい未来へ向かって、次の一歩をどの方向へ踏み出せばよいのか、そしてどのように進めばよいのか、イメージするという意味です。
 それがしっかりイメージできたら、あとは力を蓄える。

 そんな状況だなあ、と思える今日の夕、ゆっくりしながら聖書をめくり、「未来」へ向かって進んでいこうというときに、力になりそうな言葉を探してみました。

 まずは、詩編から。

無垢であろうと努め、まっすぐに見ようとせよ。
平和な人には未来がある。
(詩編37:37 聖書 新共同訳)

 未来への道をイメージしようというときに、不安とか恐れとか、あるいは欲に惑わされると、見誤ってしまいそうです。
 無垢であろうと努め、まっすぐに見ようとすることが大切と、この聖句を読んで思いました。
 また、「無垢であれ、まっすぐに見よ」ではなく、「あろうと努め、見ようとせよ」と言ってくれるところに、優しさを感じます。だからこそ、やってみようという気持ちも生まれてきますね。

 次は、箴言から。

確かに未来はある
あなたの希望が断たれることはない。
わが子よ、聞き従って知恵を得よ。
あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ。
(箴言23:18-19 同)

 ここでもやはり、「心が道をまっすぐに進むようにせよ」と説かれています。そのために必要なのは、「知恵」だとも。
 知恵については、少しあとに、こんなくだりが続いています。

わが子よ、蜜を食べてみよ、それは美味だ。
滴る蜜は口に甘い。
そのように、魂にとって知恵は美味だと知れ。
それを見いだすなら、確かに未来はある。
あなたの希望が断たれることはない。
(箴言24:13-14 同)

 知恵は、魂にとって美味だと書かれています。
 苦いものが必要だと言われたら、つらいなあと感じますが、美味なものなら喜んで、という気持ちに(笑)。
 こういう優しさが、私が聖書を好きな理由のひとつでもあります。
 優しさこそが力。
 最強なのは愛。
 そう信じさせてくれるのです。

 最後は、ローマの信徒への手紙から。

わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。
(ローマの信徒への手紙8:38-39 同)

 進んでいったその先で、どんなことがあろうとも、神さまの愛から引き離されることはない。そう思えれば、未来という未知の世界へ向かっていくことの不安や恐れもやわらぎます。

 なるべく無垢な心で、まっすぐに、神さまが備えてくださった目の前の道を見つめることができたなら。
 それができれば、勇気や力は自然と湧いてくるのかもしれません。

 これらの聖句に力をもらって、来週に向け、コンディションを整えていきたいと思います。

◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、Angie-BXLさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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