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標準的治療がよい医療?  新見正則


ひとに喜ばれることをしたい

自分が食べたい料理を作って、それを食べて頂いて喜ばれる。
自分が乗りたい車を販売して、それに乗って頂いて喜ばれる。
自分が住みたい家を作って、それに住んで頂いて喜ばれる。
自分が行きたい観光地を勧めて、そこに行ってもらって喜ばれる。
自分が読みたい本を作って、それを読んでもらって喜ばれる。
そして医療も同じです。
 自分がされたい医療を施して、そして満足して頂く。

そんな働く喜びとは遠いことを
生きるためにやらなければならないこともあります。

自分が食べたくない料理を致し方なく勧めている。
自分が乗りたくない車を致し方なく勧めている。
自分が住みたくない家を致し方なく勧めている。
自分が行きたいない観光地を致し方なく勧めている。
自分が読みたくない本を致し方なく勧めている。

そして医療でも、自分では施されたくない医療を致し方なく勧めている
こともあります。

方針はトップダウンで決まります

大きな病院ではチームで治療方法を決めます。むかしは結構トップダウンで決まっていました。経験あるトップの意見に従うということです。

「そんな手術本当に必要なの?」と尋ねると、
「いろいろな意見があるけれどもトップの方針だから行うのです」
「あなたなら、あなたの家族ならその手術方法を選択するのですか?」
「自分が決めて良いのならそんな手術は勧めない」といった会話も
じつは少なくありません。

外科手術はできるだけ小さな手術に

乳がんの治療はどんどんと縮小の方向です。
僕が外科医になった当時、どんなに小さな乳がんでも、乳腺も乳腺が乗っている筋肉(大胸筋)も切除していました。当然に乳首も乳輪も切除されます。
大胸筋が切除されるので、手術後の皮膚の下は肋骨が直接触れるのです。

手術前に針を刺して乳がんであるかを確かめる検査(細胞診や組織診)は
刺した針のルートに沿ってがんが拡がるから行わないといった施設が
ある時期に複数ありました。

手術後の病理標本で「がんではなくてよかったですね」ということもありました。でも、すでに乳腺も大胸筋も、乳首も乳輪も残っていません。

現在は手術前に病理学的にがんの確定診断をしていますので、
そんな不幸なことは起こりません。

このような大きな手術は、19世紀末から20世紀末にかけて100年近くにわたって行われてきました。当時は不治の病とされた乳がんも、手術で生き残るひとが少なからずいました。

その後、本当に大きな手術が全員に必要なのだろうかという疑問が生じ、
フィッシャー先生が大規模臨床試験を始めました。
昔ながらの大きな手術と、乳腺だけを切除する手術で
成績は変わらないとわかったのです。

最先端の乳がん医療は?

そして今や、乳腺は部分切除の時代になりました。しかし部分切除をすると残した乳腺から乳がんが再発することがあるので、残存乳腺に放射線を当てるようになりました。全摘術と部分切除+放射線治療でほぼ同等の成績となったのです。

そして乳腺の再建術が普及すると、放射線治療を省略しても残存乳腺の再発が起こりえない全摘術がむしろ好まれるようになり、その後、乳腺の全摘と再建を希望する人が増えました。

何が本当に良いのかな

こんな乳がんの治療の変遷を見ていると、最先端のことを知っている人は、旧来の治療法に疑問を持つことになります。しかし、医療はチームで行っているので、意見が割れたときは、どちらかに決めないとなりません。致し方ないですね。

そんな旧来の治療法を跳ね返すには明らかなエビデンスが必要なのです。
それがランダム化された(いわゆるくじ引きによる)大規模臨床試験試験です。

臨床試験を経て、旧来の治療法を翻して医療は進歩します。
正しい医療の進歩の中でも、意見の相違によって自分では勧めない医療を致し方なく施行してきた医師はたくさんいます。
そして僕にもそんな経験はあります。

問題なのは、周囲への聞く耳を全く持たず、
ただそのチームのトップにいるからといった理由で
勉強が足りないトップの意見で治療方針が決まる場合です。

そんな組織にいる医療従事者は可哀想ですね。
幸い21世紀になり本邦では多くの疾患にガイドラインが学会主導で作られ、
とんでもない治療は行いにくい時代になりました。

レシピ通りに料理しても同じではないでしょ

ガイドラインは、料理で言えばレシピ本です。
レシピに沿って料理しても、シェフによりいろいろな味になります。
ガイドラインに沿って治療しても、医療サイドの裁量権は極めて大きく、
病院やチームによって実は内容は微妙に(相当)異なります。

各主治医が本当に勧めたい医療を行っているかが大切なポイントです。
手術や治療のお話しの時は、
是非とも「先生ならどうしますか?」と尋ねて下さい。
致し方なく勧めている先生も、内緒で本当の気持ちを吐露してくれるでしょう。


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