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「index architecture/建築知」イベントレポート:建築のための新たな『知』の構築に向けて



はじめに

1月24日(木)、SHIBUYA CAST. SPACEにて、人工知能(AI)技術を用いて、建築に関する情報の高度利活用を促進するための研究プラットフォーム「index architecture/建築知」の設立発表シンポジウムが開催されました。
2018年1月に新建築社が設立した本組織は、以下のような組閣となっています。

■新建築社:雑誌『新建築』の掲載誌面データ提供と、アドミニストレーションを行う

〈研究アドバイザー〉
■日建設計DDL(デジタルデザインラボ):システム開発のテクニカルディレクションを行う
■砂山太一氏(sunayama studio):包括的なマネジメントと、データベース構築を行う
■木内俊克氏(木内建築計画事務所):プロジェクト全体のディレクションを行う

シンポジウムでは、発足から今日までの1年間にわたる基礎研究の成果発表と、ゲストを交えたディスカッションが実施され、テーマである「建築のための知のインフラ」のあり方についての意見が交わされました。


本記事では、このイベントの模様を、前後半の2回に分けてお伝えします。

Webでの入場申し込みは即日満席となりました



約10,000作品分の建築データが織りなす情報インフラを構築する

まず登壇したのは、プロジェクト全体のマネジメントを担う砂山太一氏
そもそも、1925年創刊の建築専門誌『新建築』の約90年分/推定10,000作品にもおよぶ膨大な建築情報を、今日の情報技術を活用して有益に使うことはできないか? という課題から生まれたというこのプラットフォーム。
ゆくゆくは建築のみならず、情報工学分野の専門家も巻き込み、建築業界全体で情報技術活用の機運を高めるようなものになってほしい、と設立の経緯が述べられました。


『新建築』創刊1,000号(2010年9月号)に掲載された表紙コレクション(一部)

砂山氏らは、この1年間で複数の建築設計者へヒアリングを行い、建築業界では、建築に関する情報分析のための「データベース構築のルール」が確立されていない、との結論に至ったとのこと。

今日、いろいろな分野で人工知能の導入が叫ばれていますが、そもそもの「分析の素」となるデータベースの構築ルールが定まっていないため、具体的な利活用まで踏み込めないケースが多いのではないか、と言います。
そこで、「index architecture/建築知」では「建築業界の知識体系に準拠したルールづくり」を、喫緊の課題として設定していることが述べられました。そのためにも、業界全体で情報利用への意識を高めていくことが重要である、とのことです。


①データベースをつくり、②それをAIで解析する

「index architecture/建築知」では、ふたつの研究が同時に実施されています。

①建築分野に特化したデータベース構築の研究(研究主導:新建築社+木内俊克+砂山太一):
AI活用の「素材」となる、建築情報データベースの構築手法の検討。雑誌『新建築』の掲載情報を対象とする。
②人工知能技術の研究(研究主導:日建設計DDL):
機械学習・自然言語分析・画像分析といった最新の人工知能技術を、どのように建築情報と結びつけられるかを検討する。

砂山氏が携わる①は、『新建築』の編集者が作成するDTPデータ(人間が見るためのデータ)を、グラフデータベース(動的なネットワーク構造を持つ形式)へと変換、「コンピュータが見るためのかたち」に変えていく手法の検証です。
(②については後ほど、日建設計DDLの角田大輔氏の登壇部分で詳しく掲載します。)



データがないとはじまらない(が、ここにはある)

そもそも、雑誌『新建築』をデータベースのリソースにしている理由は

①建築の「質」的なポイントに特化した、設計者によるテキストや、建築写真、建築図面からなる「本文」

②建築のスペックに注目した、「量」的なデータである「データシート」

というふたつのデータが、おおよそ同様のフォーマットで数十年間に渡り掲載されてきたためであると説明します。これもまた、ある意味ひとつの確立した「ルール」を持ったデータベースということができる、というわけです。

『新建築』作品紹介誌面と設計概要文

『新建築』データシート|数量的なデータや仕上げなどの情報を掲載している

当然、『新建築』に掲載されているデータは、世間に存在する膨大な建築情報のうち、わずか1~5%に満たない程度のものかもしれません。しかし、現在はあくまで『新建築』のデータ構造から、データベースのルールや活用法を見い出そうとしている段階。
今後、ここから得られた結果を、世間に存在する多くの建築情報の解析活用に応用させていきたい、と抱負が述べられました。


現在の検証:直近14年間/3,000作品をデータベース化

砂山氏によれば、今日GoogleやAmazonが開発を進める人工知能は、主にインターネット上に存在しているデータをソースとしていると言います。一方、『新建築』では、建築の情報が90年かけて雑誌という形式でストックされてきました。

現在、アナログな誌面情報のデジタル化に向け、データベース構築の基礎研究が進行中です。まずは『新建築』の編集環境がデジタル化された、2005年以降の約3,000作品がデータベースに組み込まれました。この構築システムを土台として、『新建築』が創刊した1920年代からの全巻に範囲を拡張すべく、日々検証が行われています。

また、より長期的な目標として、砂山氏は「建築シソーラスの構築」を掲げています。これは、人工知能の活用方針のひとつに位置付けられる「コンピュータにテキストを理解・解釈させる=意味をくみ取らせる」というもの。
これにより、例えば「開口」「窓」「フレーム」「ペリメータゾーン」といった言葉のつながりや、設計者が用いる「柔らかな」「パキッとした」といった抽象語を人工知能が理解し、より(建築設計向けの)柔軟で的確な情報が引き出せる可能性が生まれます。
その初段階として、誌面のテキストに含まれるひとつひとつの言葉が何を意味し、ある用語にどのような意味が紐付いているかを明らかにする検証が進められる予定です。



暗黙知から生み出される「新たな知」

続いて、日建設計DDL(デジタルデザインラボ)の角田大輔氏が登壇。
「index architecture/建築知」では、データベースからどのような情報を抽出し、設計者の日頃の業務や設計活動に生かすことのできるツールとは何か?の検証を担当しています。

角田氏は、設計実務者が建築に関することを調べ、必要な情報を取得するにいたる経路(=「どのように情報にたどり着いているか」)を、探索したい情報に関する完全一致ワードがあり、これを推測→探索→発見→合否検証する、というプロセスとし、この「探し方のコツ」は個人の経験量に依存すると指摘。
多種多様なデジタルツールが設計の場に導入され、建築のつくり方が変化する中、経験の有無に頼らず、誰もが情報を得るために、こうした「暗黙知」を「形式知」化する必要性を訴えました。

こうした言語ベースの情報探索を解くこと、つまり、ある特定分野の情報を自然言語処理で引き出すためには、専門用語の緻密な分析が不可欠です。そこで、今日までの通算で約10,000の建築作品が掲載された『新建築』の膨大なテキスト(設計者が執筆した設計概要文)は、建築専門用語を分析するための、貴重な財産となり得ると言います。


複雑化する建築情報の海で、多様化を前提とした枠組みをつくる

角田氏らは現状のデータベースを分析。
国交省の公示における建築用途(14種)に対して、『新建築』に掲載された建築作品の用途種別が約1,270種にもおよび、さらに、その2/3が「1度しか使われていない個々の作品固有の用途名」であること、また2000年からの18年間で、その種別は8倍にも増していると指摘しました。

『新建築』誌上の作品分類|870/1,270種が「ユニーク」なもの

これは「設計者が自由に定めた建築用途」ではありますが、ここから読み取れるのは、建築に関する情報は、近年極度に多様化・複雑化しており、従来のキーワード検索のような定量的手法では「探したいものがますます探しにくくなっている」状況が生まれているということ。
そこで、日建設計DDLは「index architecture/建築知」で、多様化したものに対応した、定性的な情報検索の仕組みをつくることに挑戦したいと述べました。



テキスト×AI=全く新しい建築分類

また、『新建築』に掲載された設計概要文を単語レベルに分解し、言葉の頻出度や関係性を手がかりにして、他の作品との関係性が読み取る実証実験を実施。
従来の14種の建築分類を、その設計概要文をもとにして、コンピュータが分類し直すと、全く異なる分け方が現れました。

設計者が分類した14種類のタイポロジーと、コンピュータが分類したタイポロジー

つまり、仮に「この建物は教育施設である」として用途分類が設定されていても、AIが設計者の設計意図をベースに再分類すると、実はまったく違うタイプの建物と言えるのでは? ということや、同じ「学校」同士であっても、その考え方には大きな距離があるのでは? といった解釈が可視化されています。

角田氏は、建築のテキスト情報を紐解くことは、激増する「設計者が既存の枠組みを越えようとする意思」を読み解くことであると言い、従来までの建築分類でよく見られた「ビジュアル」や、面積などの「数値」ではない、「テキスト」を用いた分析に大きな期待を示しました。
また、角田氏は、「index architecture/建築知」の研究を通して、設計者の知能を拡張する(”Augumented Intelligence”/拡張知能)、新たなパートナーになりうる「知性」を生み出せる可能性について、期待をにじませました。(ゆ)



予告
後半では、「index architecture/建築知」の参画メンバーに、
ディープラーニングをはじめとする人工知能技術の医療分野への導入を推進する巣籠悠輔氏(MICIN)、特定の業界分野における言葉のつながりと辞書であるシソーラスを構築する事業に携わる青木修氏(大日本印刷)を加えて、建築分野における人工知能の活用可能性や、「index architecture/建築知」の今後の方針に関するディスカッションの模様をお伝えします!

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