河村市長そりゃないぜ―愛知の新型コロナ対策と、大村知事リコール騒動①

愛知在住の著名な外科医、高須克弥氏が、あいちトリエンナーレ絡みの件で大村愛知県知事をリコールする運動をはじめたそうです。

高須院長 大村愛知県知事のリコール目指す会設立「県民として支持できない」

これに、以前から高須氏とは仲が良く、大村知事とは犬猿の仲だった、河村名古屋市長も賛同の意を表明しました。

私は、心底がっかりしました。

河村市長はこれまで、コロナウイルスの対策に積極的にとりくんできました。3月に名古屋を襲った二つの巨大クラスター感染をようやく制圧したころ、市長はこんなツイートをしています。

市長がふつうの日本語でツイートしてる!?と衝撃を受けたのを、私はよく覚えています。それだけ真剣だったのでしょう。市長はまた、コロナ対策のためなら、仲の悪い大村知事とも文字通り手を握りあい、協力体制を築くと宣言しました。

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新型コロナウイルス感染で 愛知県、名古屋市が共同プロジェクトチーム結成

愛知は日本の大都市圏の一つにもかかわらず、東京・大阪のような大規模な感染拡大は、これまで一度も起きていません。その裏に、河村市長の貢献があるのはまぎれもない事実です。

それだけに、河村市長が大村知事リコールに賛同した件には、幻滅を覚えました。

大村知事は、じつはこれまで、河村市長の主導によるコロナ対策を支える役目を務めていました。よって以前から大村知事を攻撃していた高須氏は、無自覚のうちに、河村市長のコロナ対策をも妨害してきたのです。にもかかわらず、河村氏は高須氏と組んで大村氏を討ちとろうとしました。私としては、市長はコロナ対策より政治的立ち回りを優先したのだ、という印象を受けざるをえません。

市長の対策①デイサービスロックダウン

まずは、河村市長がコロナ対策でいかに活躍したかを説明しましょう。

名古屋はクラスター対策に、とても力を入れています。たとえば名古屋は2月末に、デイサービスクラスター感染に見舞われました。最終的に感染者は72人、死者は18人となった巨大なクラスターです。

東海テレビ

感染者2人が死亡…新型コロナ“愛知の死者数14人”に 感染者も1人増え122人 デイサービスで接触か

東海テレビさん作成の図を見ていただくとわかりますが、利用者の人間関係を経由して、複数の介護施設でクラスター感染が連鎖するという悪夢のような事態が発生したのです。

河村市長はこのとき、総額一億以上の休業補償を出して、クラスター感染が起きた現場の近隣にあるデイサービス126か所に、3月6日から二週間の休業を要請しました。いわば業種別・地域別の小規模なロックダウンをしたわけです。


市長の対策②一丸条例

また河村市長は、クラスター対策の一環である接触者追跡にも工夫を凝らしました。接触者追跡とは、病院の診断などで感染者を見つけたら、その人と一定の時間にわたって会話をした相手など、コロナをうつされた可能性があるていど高い人(濃厚接触者)を探すという手法です。

韓国などでは、濃厚接触者はすべてPCR検査を受けますが、検査キャパシティの乏しい日本では、それは困難でした。たとえば3月初めの時点で、愛知県では1日に50人を検査するのがやっとだったのです(なお5月29日以降は、緊急事態宣言の前後に多くの自治体が検査能力を増強したことを踏まえてか、日本でも濃厚接触者は全員検査することになりました)。

そのため日本では当初、濃厚接触者は2週間ほど不要不急の外出を避けてもらい、保健所などが毎日電話をかけて健康状態をチェックするという方針をとっていました。症状が出れば検査し、陽性であれば病院か療養施設に入ってもらうわけです。また愛知では、「濃厚」でない、軽い接触者にも健康チェックを受けてもらうことがあったようです。

理屈のうえでは、濃厚接触者が外出を避けて誰とも会わなければ、検査はしなくてもさらなるコロナの伝播は抑えられます。とはいえ日本の法律では、陽性が確定していない接触者には、自宅での隔離を強制はできません。なるべく家にいるようお願いベースで頼むしかなく、むこうがしたがってくれなければアウトです。

そこで河村市長は、せめて接触者が自宅待機をしやすくするため、その人の職場に、待機期間は仕事を休ませるよう要求できる条例を制定しました。その名も新型コロナウイルス感染症の感染拡大を全市一丸となって防止するための条例。あまりカッコよくない名前ですが、内容は的確です。

市長の対策③発症2日前からの接触者追跡

もう一つ重要なのが、発症2日前からの接触者追跡です。

新型コロナは潜伏期間にある患者からも感染します。よって韓国などでは、感染者が発症した日より、2日前からの接触者を探します。

ところが日本では当初、やはり検査キャパシティーの限界ゆえか、患者が発症したのちに接触した人のみを濃厚接触者としていました。検査能力はコロナ対策にとって予算のようなもので、足りなければそのぶん、できることは少なくなります。これでは潜伏期間に感染した人を捕捉できません。日本がようやく韓国と同様の方針をとるようになったのは、4月20日です。

しかし名古屋では、じつは2月には、発症2日前からの接触者追跡をはじめていました。他の地域より、積極的に感染者を探したわけです。河村市長はこうツイートしています。

この方針が、愛知の感染拡大抑制に果たした役割は大きいでしょう。

ただし、この方針を貫くのは容易ではありません。濃厚接触者の範囲を広げれば、健康観察の対象者は増えますし、彼らの体調に異変があればPCR検査が必要です。先述したように、愛知の検査キャパは当初1日50人が上限。名古屋だけなら20人が限界でした。

名古屋は2月半ばから、スポーツジムを中心とするクラスター感染に見舞われています。このクラスターは、最終的に感染者39名、死者2名にものぼる大規模なものでした。当時の記事によると、検査を受けもっていた名古屋市の衛生研究所はかなり苦労していたようです。

「この感染者と接触した人を『健康観察対象者』として自治体が経過を追っていて、愛知と名古屋は正確な人数を公表しませんが、名古屋だけが500人以上と突出して多くなっています。/(中略)/市の衛生研究所では1日に40の検体しか調べることができません。1人検査をするのに粘膜だけでなく痰や血液といった複数の検体を調べるため、1日で十数人から二十人程度しか対応できず、25日までに検査をしたのは83人にとどまっています。/このため、毎日のように感染者が確認され、健康観察対象者が雪だるま式に増えていて、後手後手に回っているのが現状です」

“夫妻1組”から雪だるま式に…新型コロナ『健康観察対象者』名古屋が500人以上と突出 感染者との接触者

じつはこの記事が公開された直後、名古屋はさらに、例のデイサービスクラスター感染に直面しました。こちらは先述したとおり、感染者73名、死者18名の、いっそう大規模なクラスターです。名古屋の、検査やクラスター対策の担当者はフル稼働を強いられたことでしょう。河村市長によると、2つのクラスターで生じた健康観察者は、計1900人になるそうです。

また病床の空きも、次第に少なくなってきました。

「『今日の5人どうするんだ』。9日午後、名古屋市で新たに判明した感染者の受け入れ先を巡り、愛知県庁内の一室で緊迫したやりとりが続いた。県内の感染者数は11日午後9時時点で104人にのぼり、都道府県で北海道に次ぐ多さだ。/感染者の大半は名古屋市で確認され、すでに市内で受け入れ先の医療機関を見つけるのが難しくなっているという。市幹部は『なるべく近くと、パズルのようにどこが空いているかを探している』とし、やりくりの大変さを『地獄のような作業』と嘆く」

愛知県、病床不足待ったなし 「今日の5人どうする」

名古屋は、東京や大阪が3月末から4月にかけて経験したような検査能力や病床数の不足を、より小規模なかたちではありますが、一月早く経験していたわけです。

②へつづく

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