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詩の場所

92
小山伸二の詩の置き場所です。
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#Poetry

雲の恋人から

雲の恋人から


​ひだまりに寝そべる猫のあくび
冬の午後
ある男の物語がさいしょの本となる
くらがりのバー
ウォッカからはじまる
複数の名前をきこんだ男の
ミステリー
ぼくはきみの声が聴きたくなる
そこにいる
ずっとそばにいる
甘える猫のようになって
南に逃げる男にかさなっていく
くらい井戸のなかの音楽
ぼくはきみの声が聴きたくなる


駅までの道をゆっくりと歩く
カフェにたちより本のつづきを
本屋でながめ

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冬の旅から

冬の旅から


猟犬の遠吠えが山彦になって
尾のながい小鳥のさえずり
向日葵の種がならぶ切り株
空は夜の支度をはじめて
気のはやい星々がちらちらとひかりだす
頬をなでる風のつめたさ
からだのなかを流れる
血液のせせらぎの音が聴こえる気がする
遠い村

どこまでも広がる
深い谷と聳えあがる崖を眺めていると
何万年ものときを刻んだ
この星を抱きしめたい
生まれきて
潰えた命を

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聖夜

聖夜

歌はどこにあるのだろう
ぼくらのことを見ているんなら
そこから降りておいで
そう呟いた彼も
いまは町から失われてしまった
美しい電飾から逃げるようにして
バスがギアをあげていく
十二月の夜に降り立ったぬけ殻たちを残して

あしたの天気を気にしない
北の海から流れて来る者たち
枯葉のような小舟に命をあずけて
汚れた手が機械をいじる
海峡を流れて漂着した者たちに
区別をしない神さま
パンとテレビをあげ

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さよなら、ロータリー

さよなら、ロータリー

どぎついオレンジ色の花が
夜のロータリーで
ぐるぐるまわっている
ひとりずつ居なくなるゲームはつづく

繰り返される嵐
バラモンの呪文を唱えると
秋の門が開く
シナモン、カルダモン
それでいいもん
賢い世間を敵にまわして
やりたいことが見つからないんだ
昨日までのことを始末しても
ニュースがうるさい

ぐるぐるまわる記憶の喪失
葬列を記述してきたノートも
いまは破り捨てた
天使を燃やした花火師の

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八月の雨よ、この町を濡らせ

八月の雨よ、この町を濡らせ

土砂降りの雨をホームから眺めている
メッセージが届いた午後
みんなの残りの時間が刻まれている
からだを通過していくものが
心でとまればいいのに
誰もが小走りになって建物のなかへ
稲妻さえ見えない空の下で

なんて素敵な世界なんだろう

なんて素敵な世界なんだろう

終電が西の闇に溶け込んでいく
うつむきながらホームを掃き清める
憂鬱な影も揺れている
聖者の眠りのように
ベンチに横たわるひとの寝息が聴こえる

交番前の横断歩道を渡ると
居酒屋から出て来た賑やかな一群
大切なことは見えないんだ
だれかが嬉しそうに叫んでいる
鞄の奥にしまい込んだ青い光を
今夜は封印しているんだね

冬のビルの一室に繋がれた
罅がはいった月が見えただろうか
始まりの物語を

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雨降りカレー

雨降りカレー

雨の町で長靴はいて傘さして
大学通りを歩いて帰ろう
蛙の合唱が聞こえないのが残念だけど
色とりどりの雪洞のような花が濡れている
こんな日は
なぜだかカレーをつくりたくなるんだ
自分でつくるカレーを
なぜだか食べたくなるんだ

大急ぎでお家に帰って
玉ねぎをざくざくきざんで
油を鍋にしいて
炒めていく
少しだけ塩して
こがさないように
でも大胆にずんずん炒めていく
ひたすら水分をとばすイメージで

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五月の階段

五月の階段

夕陽があたる場所
子どもという主題で歌ってみる
猫のようになって
顎を地面に置く
アメリカ製のジープで
神社の階段を登ってみせた父さんも死んだ
戦争は嫌いだと
教壇で声を詰まらせた
教師のいまを知ることもない

くだらない規制と作戦
結局、ながい階段がつづき
昇り降りするだけ
壊れた右目を再起動して
海にしずむことのない川をさまよう
やがて影が見える
駆け引きと脅しのゲームに負けた
ちいさなビロ

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天使

天使

地中海ではとびっきり甘いお菓子と
きむずかしい神々に会ったんだ
あなたの
あふれる知識とナイーブな心が
紙を花びらのように埋めつくしていった

ひとひらひとひら
しろい蝶蝶になって
富士見通りを飛んでいった
ぶっきらぼうなアマノジャク
ほんとうは
翼がはえていたんだ

自由気ままにひょいと路地を飛び越える
誰かとすれちがいたくないから
ニンゲン嫌いを気取っていたけれど
千の花と樹の名前を教

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三月に、さよなら

三月に、さよなら

夜中に届けられたメッセージ
天使の絵を描いてみせてくれたあなたが
この町から失われた、と
三月も果てる夜に

はちきれんばかりの知恵がつまった
人生の箱を
あなたはいつも重たそうにひきずりながら
ときおり公園の樹々のなまえを
ぼくたちに教えてくれた
あなたは帰らない旅人になった

ぐるりとひとまわりするだけの
ひとの世で
あなたには
もうにどとあたらしい季節は訪れないことを
ぼくたちは知らされ

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逃げる二月をつかまえて

逃げる二月をつかまえて

雪のかおりがする通りを歩く
いつか泊まった宿坊の夜明けまえ
ひとり湯舟につかった
ぼくたちの芭蕉が恋した出羽三山
見えない南谷を
この町で思い出す二月

逃げる兎のように
飛び跳ねる
菜の花がほら
あんなに咲いている世界で
飛び越えることのできないひと群れの
ニュースが届いている

いくつもの国のひとたちが
おなじ食卓でともに食べ
飲みあかした宴のあと
いくつもの寝息の交響曲
まるで二月のレク

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王様のガレット

王様のガレット

王様のガレット
仲間と囲んで
順番に選んでいくぼくたち
つぶらな瞳の小犬たちも
じっと見守っている

美味しいチーズとパン
ワインと生ハム
サラダとおしゃべりと
新しい年の
はじめての笑い声が広がる

しあわせな食卓
ぼくはうっとりしている
やさしい仲間と
こういうひとときも
いいもんだよね

さあ、ぼくの順番だ
えいやっとひと切れを指差すと
かわいい苺のフェーブが
アーモンドクリームに埋ま

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ひかりのひと

ひかりのひと

あおいろ、そして白
みどりなすこの時代の田畑
それはひかりの車窓のカンヴァス
そして、マッチ箱の家屋の連なり
さかなのかおにも似た走るとどろき

いなづま
稲の妻のひかりのスパーク
実存の風景
なにも語らず
実存の初秋
なにも意味なく

はいいろ、そして赤
とりどりのデザインの貧困
この国ときたら
ひとりぼくたちはひかりの煉獄のなか
この国ときたら
みどりなす田畑
自転車の少年と少女がならんで走る

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十月のひと

十月のひと

1
曇り空に飛ぶ鳥の名前は知らない
歩くひとは
読むひとでもあり
待つひとは
考えるひとになる

いくつもの町を渡っていく
ひとは鳥にもなる
種が地面に落ちてからはじまる謎
異国の花を咲かせて
居ないひとの声に耳をすませる鳥になる
だれもがひとりだ

だれもが
それでも
待つことができる
きみを待つ
鳥の影になって
きみを待つことができる


2
重力を感じているきみの秋に
うごきまわって

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