霊園の地下駐車場(朗読:絢河岸 苺様)


これは知り合いの警備員Yさんから聞いた話。

K県のとある場所に小高い山と山に挟まれた霊園がある。
ふもとの部分に休憩場やメモリアルホール、事務局、駐車場などがあり、お墓は斜面に沿って段々になっている。
中規模だがそれなりに大きな霊園だ。

春彼岸のある日、Yさんは駐車場の案内整理をするためにその霊園に来ていた。
次々に訪れる利用者を駐車場の空いているところに案内したり、外で順番待ちをしてもらったり、まだ仕事に慣れていないYさんにとってはかなり忙しい仕事だった。
それでも午前中の混雑を越え、午後3時くらいになると人の数は減っていく。
もう少しで今日の仕事も終わりだな、と思いながら駐車場の空き台数を数えていると、リーダー格の隊員のTさんに声をかけられた。
「Yさん、悪いんだけど、地下駐車場の様子を見に行ってくれないか?」
Tさんが指さした先を見ると、たしかに地下駐車場の入口らしきものがあった。
なんでも地下でメモリアルホールとつながっていて、僧侶などが出入りするときにのみ使われるらしい。
今日は特に法事などもなかったので、誰も出入りはしていないはずだとのことだった。
入り口は三角コーンやバーで塞がれていた。
たしかに仕事中Yさんは誰一人としてそちらには案内していなかった。
あんなところに駐車場があったんだ?と思いながら振り返ると、「入ればわかるけど、降りたら奥のほうに緑のランプが光ってるから、そこにあるスイッチを押せば駐車場全体の明かりがつくよ。中はサッと確認するだけでいいよ。それとスイッチの横にメモリアルホールへの入り口もあるから一応施錠しているかは見ておいて」と言った。
「戻ってくるときにスイッチ切るの忘れないようにね。確認終わったら少し休憩はいって。疲れたでしょ?」
小さく笑うTさんにYさんも同じように笑いながら首を縦に振った。

バーを軽く持ち上げて、入口への坂を下る。
駐車場の入り口にしてはちょっと傾斜がきついな、なんて考えながら下りていくと、坂の下で道は左に曲がっていた。
さらに少し降りるとTさんの言う通り、奥の方に緑色のランプが光るのが見えた。
灯りは思ったよりも遠くにあった。案外広い駐車場のようだとYさんは思った。
心もとない明かりでも無いよりはマシだろうと念のためスマホのライトを点けた。
駐車場に入ったところで、Yさんは違和感を感じた。
駐車場の中は想像以上に暗かった、闇と言ってもいいかもしれない。
だいぶ下ったから表の光も入りこんではこず、地下駐車場だから外から明かりを取り込むような窓もない。
しかし、それを考えても駐車場が暗すぎるように感じた。
なんとなく気持ち悪く思ったYさんはさっさと確認作業を済ませてしまおうと奥に向かって歩き始めた。
スイッチのある場所だけを真っすぐ目指す。
もともとが太い柱以外に障害物もない場所だからそう危ないということもないだろう。
暗い中、Yさんが早足になった。そのときだった。

トンッ

と背中を押されたような気がしたという。
Yさんは何もないはずの地面にそのまま倒れこんだ。
ろくに地面に手をつくこともできず、転んだことに気が付くのにもわずかに遅れてしまった。
幸いスマホは握ったままで傷もない様子だったので、すぐに立ち上がって、あたりを確かめる。
もちろん、周りには誰もいなかった。
とっさに隠れるような場所もなかった。
暗さに目が慣れず足をもつれさせたのか、とYさんは無理やり自分を納得させると、転ぶ前よりもさらに早足になり、ほとんど駆け寄るようにしてスイッチを押した。
駐車場全体に明かりが点く、そのタイミングでYさんはあることに気が付いた。

いる。

それは人間がいるときとはまた違った感覚だった。
ただひらすらに「いる」という感情だけが強くYさんの心の中に浮かんだ。
自分の右後ろ。さっき転んだ辺りに気配はあった。
一切の音はせず、身じろぎもしていない。まして声などは聞こえない。
しかし、たしかに視線のようなものをYさんはそこから感じた。

ここでYさんはためらうことなく振り返った。
子供ではないか、と直感的に思ったのだという。
自分を襲うようなそういう危険な気配が感じられない。
転んだときも思い出せばYさんが早足になるタイミングだった。
何かが手を伸ばしたタイミングと自分が早足になるタイミング。
それが合ってしまっただけで、強く押されたわけではない。
気配からの視線も弱弱しいもので、申し訳ないような、大人に怒られないかと怯えているような、そんな風に思えたのだ。

振り返ったYさんが目にしたのは、やはり何もいないただ広いだけの駐車場だった。
太い柱が何本もあった。
その後ろに隠れようと思えば隠れることはできたかもしれないが、隠れたのなら物音がする。
Yさんは当初の勤め通り、駐車場に誰も入りこんでいないかをたしかめに周った。
といっても、障害物はさっきも言った通り柱しかない、グルっと見渡せばほぼ確認は済む。
直立して隠れているならともかく、誰かが倒れこんでいたりすれば見落とすことはないだろう。
あまり長居もしたくなかったし、Yさんは確認はほどほどにして明かりを消して戻ることにした。
さきほどから気配は消えることなく、しかし遠巻きにYさんを眺めているようだった。
Yさんの様子を心配そうに見ている、そんな感じもしたという。
怪我をさせてはないかと、そんなことを思っているのだろうか?
Yさんにその謎の気配を怖いと思う感情はなかった。
再び明かりを消して、駐車場を出るとき、後ろ手に手を振ると、その気配は明らかにホッとした雰囲気を出してスッと消えていったのだという。

YさんがTさんのところに戻り、何事もなかったことを伝え、同時に何があったのかも伝えた。Tさんなら何か知っているのではないと思ったのだ。
「わざわざ覗きにいけというくらいです。以前、何かあったんじゃないですか」と聞くYさんにTさんは小声で「うん、昔、あの駐車場で人が倒れたことがあったんだ。運悪く発見が遅れてね」そこでTさんは言葉を切った。
「そうですか、小さい子供ですから、どこにでも入ることはあるでしょう」とYさんがいう。Tさんのその言葉にため息をつくと話をつづけた。
「いや、倒れたのは女性だ。妊婦さんだったらしい。女性のほうは大丈夫だったんだけど、さっきも言った通り発見が遅れてね。お腹のお子さんのほうは助からなかった。」
Tさんが首を振る。
「メモリアルホール側の扉から駐車場に入って、そのタイミングで強い痛みを感じて動けなくなったが、運悪く誰もいなかった。予定日まではまだだいぶあったから、周りもそこまで心配してはいなかったらしい。発見したのも偶然、車に戻ろうとしたほかの参列者だったらしい」
Tさんの言葉にYさんは納得するものがあった。つまりあそこにはいたのが、そのときの子供だったんじゃないか。
その瞬間、Yさんの頭の中に言葉が聞こえた。
だとすればひょっとしてあれは、自分に手を引いて連れ出して欲しかったんじゃないか。だとすればひょっとして今からでも、もう一度自分が戻って手を引いてあげた方が、

「やめておけ」

急にTさんに肩を叩かれ、Yさんはハッとなった。
「それはろくなことにならん」
Tさんはそういうと、Yさんに休憩するように指示をして、自分もまた持ち場へ戻ると言った。
「Yさん、君は子供に背中を押されたと言っていたね。それはきっと運が良かったんだ。......そうか君は分かる人なんだね」
別れ際にTさんはそういうと、Yさんにさらにこういった。
「たぶん、ここに配置されることはもうないよ。悪いことは言わない。余計なことはしないほうがいい。子供のことはたしかに可哀想だと思う。だけど、子供は無邪気だ。裏を返せば、考えなしに動くことが多い。意味は分かるだろう?」
それ以降、TさんはYさんからの質問には答えてくれようとはしなかった。
後日ほかの現場で会ったときにも「忘れた方がいい」とだけ言われて、何も教えてはくれなかったし、会社側からも「深入りしないほうがいい」と念を押された。

その霊園に古株の警備員は絶対行きたがらない、例外はTさんだけなのだという。
そして古株の誰一人として何があったかを話したがらない。
結局、Tさんの言葉通り、それ以降Yさんは一度もその霊園には行っていないそうだ。
いまでも、その霊園は必ず入ったばかりの若手が配置される。
そしてTさんにしごかれながら、仕事を教わっているらしい。
ただ、一度配置された隊員がもう一度配置されたという話だけは、やはり、ついぞとして聞いたことがないのだという。


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