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精神疾患の診断名をどう受け止めるか。自分にとってベストな選択を

診断名というのは、名付け、ラベリング、ネーミングと一緒だと思うことがある。
診断名がつくと、そう生きるようになる、というのも一理あると思うからだ。
これは実体験から思うことなのだけど。(意思決定ができないほどの状態は別として)

私は10年前、双極2型や強迫性障害と言われた時は、自分のそれまでの生きづらさに証拠をもらった気がして心から救われた。許された気分だったのを覚えてる。

このままじゃ終わりたくないともがいて完全寛解した頃に、主治医からADHDっぽいねって言われたけど、もう普通に暮らせていたから、診断名はいらないやと思って気にしなかった。

主治医のおかげで元気になったので、主治医のことは信頼しているし、当てはまるところもあるけど、当てはまらないところもある。結論、なんだかいろんな症状が出やすいベースがあるんだろうなぁ、と。

診断名を認識することで安心できるならそれでいい。
無視した方が楽に生きられるのならそれでいい。
無視できないほど辛い時は、無視しないで認識すればいい。

精神障害枠で働くことも考えたけど、絶対に治してみせると決意して、それは止めた。復職したときは薬の離脱症状でとても辛かったけど、あの時の選択は、私にとっては正解だった。
もちろん、逆の選択が正解の人もいると思う。

最近ではHSPとかHSS型HSPとかもメジャーになってきて、これも当てはまる気もするけど、もはやいい意味で名称はなんでもいい。

自分にはこういう特性があるんだなって認識して、生きやすくするように工夫できればそれでいい。

ちなみに、亡き父は直接診断されていないけど、当時の入院先の主治医いわくアスペルガー傾向。さんざんコミュニケーションに苦労したから納得したけど、アスペルガー傾向なんだと早くから認識してればもっと上手く関係構築できたと思う。その時は、主治医にお父さんに言わないでいいからね、その年齢まで会社員できてるんでしょ?と言われた。直接診察しているわけではないし、余計な心配を与えないことを重視していた。通院先の主治医も同じ意見だったように覚えている。母にも言わないでいいと言われたが、私は言った方がいいと思って話した。私と母の、父へのコミュニケーションが変わると、関係性も穏やかなものに変わった。

自分で決めればいいんだよ。
決めたことを、時間が経って決め直してもいいんだよ。
生きたいように生きればいいし、自分が何者として生きていくかなんて自分で決めればいいんだよ。(主治医とはよく相談した上でだよ)

一生治らないのか、治るのかも、自分が決めた通りになるんだよ。
だから、あなたの「意志」「エネルギー」を、どの方向性に使うのかが大事なんだよ。

で、少し話は変わるけど、だからネーミングや名付けは大事だと思う。バイポーラー(躁鬱傾向)と言われて気分を安定させるワーク・気分記録なんぞ始め、気分の波ばかりが気になってきて、どんどんバイポーラーらしくなっていた時期もあったように思う。(それでよくなる人もいるから否定じゃないよ)

最後にもう一度言うね。あなたの「意志」「エネルギー」を、どの方向性に使うのか、どう生きたいのか、あなたが決めていいんです。

どんなあなたでもいい。何が正しいも、正しくないもないんだよ。あなたが否定されることは何一つないんだよ。

辛さや悲しみを人と比較する必要もないし、誰かに許可をもらう必要なんてない。

ただ、あなたが生きたい方向性を選択して生きてほしい。他人はあなたの人生を最後まで責任とってくれるわけじゃない。だから、人の意見より、自分の心と体の声を大切にしてほしい。

大丈夫だから、絶望しないでね。

ありがとうございます!今日もHAPPYが訪れますように!
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コメント (1)
はじめまして
寛解したんですね。私はまだ通院してますが少しずつ薬を減らしてます。
私も寛解に向けて励みになりました。ありがとうございます。
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