共同親権が導入される? いま、共有しておきたいこと

(2/4)コメントでご指摘いただき、目次に「※」をつけた項目には、訂正をいれました。また追記を書きました。

今日はひとつのニュースをシェア(共有)したいと思い、記事を書いています。

1/30(火)、法制審議会で『共同親権』についての要綱案が取りまとめられました。

内容は、子どもの人権・安全が第一に考えられているとはいえず、審議の進め方に疑問が残りました。
採決で21人の委員のうち3人が反対しており、全会一致とならなかったことは異例の展開です。

反して、ニュースにあまり大きく取り上げられていないのではないか? また『共同親権』のメリット・デメリットの話に終始してしまうせいなのか、審議内容の〝異様さ〟に注目が集まっていないように見えるところが、気になります。

もっとこの件についての理解を深めるためには、どうしたらいいのか……。

私は今回の『共同親権』案に反対します。
署名もしました。(↓こちらから署名ができます。)




【ニュースのシェア】

私はこのニュースと、審議の問題点について、TBSラジオ荻上チキsessionで知りました。

憲法学者の木村草太さんの解説が簡潔でとても分かりやすかったので、すでにご存知の方も、この件にあまり触れてこなかったという方も、以下からぜひ番組を聴いてみてください。

最近のラジオ番組は、アーカイブ配信の検索もしやすく、インターネットさえ使えればいつでも無料で聴くことができるため、情報を得やすくなりました。

聴き方はいくつかあります。

・HPを開いて再生ボタンを押す
・Spotifyなどのポッドキャストアプリで聴く
・YouTubeで観る


どれでも、アクセスしやすいところから聴いてみてください。以下、リンクを貼ります。


・HP「共同親権・導入へ要綱案を取りまとめ。抗議の声も。」


・Spotify


・YouTube






【論点】


以下、私なりにまとめも書いてみました。
もし文章を読むことが苦痛でなければ、少しだけお付き合いください。
問題について知るための一助になればと思います。



◼︎双方の合意がなくても家裁が『共同親権』を命じることができる、という異常さ


今回の『共同親権』の要綱案で、私がいちばんモヤモヤする箇所はどこだったかといえば……、ここです。

『父母の協議で折り合えなければ、家庭裁判所が共同か単独かを判断する。』

父母の話し合いで決着がつかなかったら、家裁が判断する???

これでは、双方の合意がなくても家裁が『共同親権』を命じることができる、という法律になってしまいます。


家裁の判断にあたっては「DVや虐待のおそれがある場合は、単独親権を定める」とされていますが(これは至極当然のことです)、

DV被害の現状と照らし合わせて、「家裁が判断する」というのは現実的でしょうか?

密室のDVや、証明の困難なモラハラ・虐待は多く発生しており、離婚調停中もどうやって証明するかというハードルが高すぎて苦しむ親子が多くいます。

「子に不利益が生じる場合、共同親権は認めないとする。」とは書かれています。文面どおりの実現をするためには、子どもの人権とは何かがしっかりこの国に根づいていなければと思いますが、〝人権後進国〟のこの日本に期待できるでしょうか……。



◼︎『共同親権』を推進したい理由が〝イメージの独り歩き〟にしかなっていない


また、気持ち悪かったモヤモヤポイントとして上げたいのは、『共同親権』を推進したい賛成派の上げた理由が曖昧すぎる……というか、間違いだらけでイメージの独り歩き状態にしか思えない???という点です。

共同親権のメリット?… 推進派が理由としてあげたこと
※どれもモヤモヤしてますのでご注意ください

「親権をもたせれば、無関心な親にも責任感をもたせられる」

「面会交流がスムーズに行われやすいため、子どもが両親からの愛情を受けられる」

「共同親権のほうが養育費がスムーズに支払われやすい」


◆「親権をもたせれば、無関心な親にも責任感をもたせられるのではないか」?
↪︎期待にすぎず、子どもの利益優先ではない

◆「面会交流がスムーズに行われやすいため、子どもが両親からの愛情を受けられるのではないか」?
↪︎親権がなくても面会交流は行える
↪︎面会交流権の議論は、親権の議論とは別ものである

◆「共同親権のほうが養育費がスムーズに支払われやすいのではないか」?
↪︎これも期待にすぎず、はっきりしない話
↪︎養育義務は、親権の有無とは別に、最初からある


数々の論点や、当事者の声を置き去りにして、
専門家の委員が反対にまわったという判断を無視し、
疑問に対する明確な答えがないまま……

漠然と「子どもが幸せになりそう」というイメージだけで採決を押し切る必要がありましたか???




そもそも共同親権とは何か? ※


私は『共同親権』という制度そのものに反対しているわけではありません。

むしろ、家族の在り方はどんどん多様化していますし、「夫婦関係を解消したあともいっしょに子育てをしていく」という考え方には賛成します。
そのための『共同親権』の議論はされるべきだと思います。

論じる前に、私達はそもそもの〝親権〟というものについて、きちんと理解できているでしょうか?
自分の勉強のためにも、少し書き出してみることにしました。


ごくごくかいつまんだ内容にはなりますが……。

::


婚姻中は、子どもの重要事項の決定を、両親二人が行うことになっています。

ここには「夫婦二人でしっかり話し合い、責任をもって子育てをしていく」という法律上の考え方があるかと思います。

これまでは、離婚をすると、「もう夫婦二人でしっかり話し合えない」と一般的に判断されてきました。話し合うための信頼関係が壊れていることなどが考えられるためです。
そのため、両親ではなく、どちらかメインで子育てをしている親だけが、子どもの法的な決定権をもちます。つまりは、子どもにとっての重要な書類にサインをするのは、片親だけになります。

これが、いわゆる『単独親権』であり、現状の法制度です。


しかし例えば、「離婚はするけれど、これからも二人で子育てをしていきたい」というケースも想定されます。
婚姻関係を解消したとしても話し合うための信頼関係が残っている、そんな二人もいるだろう……ということです。

双方の合意によって『離婚後も二人でいっしょに子育てをする』という選択もできるようにするべきじゃないか?

これが、いわゆる『共同親権』の基本の考え方です。


共同親権になると、子どもの〝ワクチン接種〟や〝手術〟の同意書に、両親二人とものサインが必要です。(※)

※ 書類の〝親の同意欄〟に、いつも二人分のサインが必要となる(サインが必要なのは上記のような親権事項に限ることで「いつも」という表現では誇張でした、誤りを訂正いたします。)
これが、子どもにとって損か得か?──これはケースによるとしか言えませんが、例えば、片方の親と子どものあいだに何らかのトラブル・虐待があった際に、もう片方の親が早く気づける、という利点はあります。


子どもが両方の親に相談をしやすくなる、または、親同士が常に話し合い・相談をして子育てを決めていくという状況が、法制度の側から促されるようになります。

きちんと話し合いができる状態の両親でしたら、合意のもとで『共同親権』が選択できるメリットはあると、十分に考えられます。


ここで一番重要なのは、それが子どもの利益を最優先した結果の選択かどうか? ということです。

たしかに、大人同士の関係が健全な状態であれば、子どもにとって良い面がたくさんあるでしょう。
「大人の親権争いから子どもが解放される」という声も賛成派のなかにはありました。

しかし、大前提となるのは『子どもの安全がしっかりと守られていること』です。

例えば離婚の交換条件として『共同親権』を持ち出してくる親がいた場合には、合意をするべきかどうか?という選択をせまられます。これは言ってしまえば、子どもを人質にして離婚調停を長引かせるようなケースです。

これでは「大人の親権争いから子どもが解放される」どころではありません。

じゃあ離婚調停が早く終わるように、合意がなくとも家裁が判断してはどうか、というロジックも穴だらけです。
『共同親権』は親同士の関係が良く、合意のためにしっかり話し合える状態でなくては、そのメリットが肝心の子どもに還元されません。



……まとめると、やはり今回の法制審議の問題は、以下の2点に集約されます。

・証明の難しいDVや、親同士の関係を、どのように家裁が確認して判断するのか?
・なぜ、『双方の合意なく家裁が命じる』法が必要なのか?

説明を求めたい、そう強く思います。

まずは今、実際に困っている人の話をきちんと聞くこと。弱い立場に置かれがちな人々がいることを否定せず、念頭において、人を守るための法律について十分な議論をすること。

正直に言って、「もっとまともな話し合いをしてほしい」と思いました。





最も大切なのは『子どもの安全がしっかりと守られていること』

繰り返しますが、子どもの安全、子どもの権利が、この議論の中心として据えられるべきことです。

大人側の都合でしか議論がされていない……。そういった印象をもちます。

また、こういった問題に関しては、市民からの後押しが不可欠です。おかしいものはおかしいと、市民が声をあげることで初めて、社会は正常に機能します。


日本では、政治への無関心が進むあまりに、〝人権〟を自分たちの手で守るという意識が希薄です。

選挙に行くことも大事ですが、人権軽視の議論に対しては「ちょっと待った」と「NO!」を、都度きちんと言っていくことが大切だと思います。




※2/4追記 それぞれに違う議論の段階


あらためて考えてみて、この問題の議論には、いくつかの段階があると思いました。あくまで素人の私の理解ではありますが、以下に①〜③まで上げます。

①『共同親権』という権限と義務(それに相当するもの)をどこからどこまでに定めるか

外国では、双方の合意によって「離婚後も共同親権に相当するような権利をもちあう」という状態もあるということ、
日本でもその導入を検討しないか? という議論。

離婚後共同親権の権限と義務の範囲を、どこからどこまでに設定するかという、細かな調整の話でもあるかと思います。


②真摯な合意をどのように確認するか

形は合意しているようでも、力関係の不平等などから実は無理矢理に強要されている……といったようなケースもありえる。それをどう防ぐかということ。

双方が真摯に合意していることを、どうやって確かめるのか?という議論。


③非合意でも強制できるか

???? 私自身、いまだにこの議論のワケが分かっていません。
出された要綱案のなかでいちばん納得のできないポイントであり、私が今記事で問題意識を共有したかったところになります。


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