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うなぎ

 週末に近づくにつれて、直人にあいたくなる。あいたくはなるのだけれど、あうと拍子抜けするほどあいたかった気持ちがすっかりと失せてしまう。
 だから。
 直人がもう泥酔で眠っているだろう時間に故意にいく。たとえば、23時すぎとか、日曜日になろうとしている時間に。
 合鍵を鍵穴に差し込むタイミングでお隣の『ナカタ』さんが車に乗って帰ってきた。ばったりと鉢合わせという偶然。
 直人曰く、『ナカタ』さんは近所にある『ナカタ製作所』という製作所の経営者で(社長)若い愛人がいるらしいということだった。若い愛人がいる? どこ情報なのだろう。わたしはそれを聞いたときクスクスと笑い、なんでそんなこと知ってんの? 直人に質問をすると返ってきたこたえは『なんとなくね』だった。なにそれ? わたしはまた笑った。愛人やら、どこどこの社長とかはどうでもよくて『ナカタ』さんってどんなかんじななの? とまた質問をしたら、『うーん。どうかなぁ。60歳くらいかなぁ。子どもはいないとおもうよ』いやいや、そのかんじじゃないよ。感じじゃなくて漢字だよ。とはいえなかった。
 だから未だに『ナカタ』さんの感じあるいは雰囲気は知っていても漢字は知らない。ちなみに表札が出ていなかったから。
 『ナカタ』さんはどうしてだかなかなか車から降りない。誰かと電話している。愛人かな?おいおいと横目でみやりつつ、やっとドアを開けた。
 大音量のテレビがついており、照明も真昼かというほどまぶしくもあり、真冬かと突っ込みたいほど冷房が効いており、テーブルの上には缶ビールの空き缶が5本程転がっており、しかし肝心の張本人はなぜかきちんと規則だたしく布団の上で毛布を引っ被って両手をお腹の上で組んで眠っていた。
 こんなにうるさくてよく眠れるなという感心と諦観。そして安堵。
 わたしはテレビを消し、冷房を『おやすみモード』にし、最後に豆電球にしてパジャマを持ってシャワーを浴びる。洗濯機の中にゴルフウエアがあったので今日はゴルフにいったんだなとすぐにわかる。
 シャワーをしパジャマといってもただのキャミソールだけれど、それを着て直人のいる布団の中に滑り込む。
 眠っているとおもいきやわたしの気配を感じたのか直人がわたしの体を抱きしめる。
「いつきた?」
「ついさっき」
 部屋が異様に寒いので直人の体が温かくてピッタリとくっつく。
「暑かったね。今日。ゴルフだったの?」
 小声で問いかける。けれど、いくら待ってももう直人からは言葉は出ることなどはなく、出るのは寝息と意味のわからない寝言だけだった。
 午前3時ごろ。直人はわたしにちょっかいをかけてくる。眠たいのに。けれど直人時間なのでわたしもそれにあわせてあげないとならない。
 キャミソールをまくられる。直人のそれはずいぶんとたくましい。たくましいから直人とあっているのか直人という人間が好きなのかよくわからない。

『なおちゃんにあいたくなるの。ものすご〜く』
 以前真顔でそういったことがある。
『なぜ?』
 子どもじみた顔をし直人は(ぜ?)の部分を上げた。
『なぜぇぇ?』
 考えてしまう。ややしてからわたしは言葉など選ばずほとんど無意識にこたえていた。
『からだめあてかもしれない』
 好きなのは直人の分身の方よ。申し訳ないけれど。とつけたす。
『……。おや、それは男冥利につきるな』
 光栄です。とつづけ
『俺もからだが好き。ふーちゃんの』
 直人は愉快そうにそう認めた。
 お互い様ですね。そうですね。わたしと直人はそのあとまた抱き合った。3年くらい前の話だ。

 カーテンの隙間から入ってくる細い光で目が覚める。隣で直人は無防備に眠っていた。またお腹の上で手を組んでいる。しばらくその横顔をみつめていた。なおちゃんも老けたなぁとおもう。まあわたしも一緒か。そして髪の毛が長すぎる。寝癖が尋常ではなかった。
 わたしの不躾な視線を察知したのか直人の目がゆっくりと開く。
「起きてるの? めずらしい」
 わたしは縦に首をふった。起きてたよ。
「なおちゃんをみてた」
「へー」
 リアクションは想定内で薄い。お腹が空いていた。
「すき家にいきましょうか?」とわたし。
 時計をみやる。午前8時。
「はい」と直人。
 決定になった。ここ最近朝はすき家にいっている。松屋もいいけどすき家が近い。吉牛もわりと近くにあったりもする。
「あのね、」
 日曜日の気だるい朝が好きだ。明るい中で裸で抱き合っているこの瞬間が。あのね、とわたしはつづける。
「来週さ、うなぎ食べにいきたいな。だってうなぎ記念日でしょ?」
「記念日?」
「うん。記念日」

 わたしと直人は6年前の土用の丑の日に出会った。友達の紹介だった。
「いこうよぅ」
「いいけど……」
 同い年の男だからなのか、余計に子どもじみてみえる。かわいい。わたしはきっと母性本能の塊だ。
 今日も暑くなりそうだ。セミがどこで喚いているのかわからないけれど、朝からご苦労さまですねといいたくなるほど大合唱を繰り返している。
「あ、なおちゃんさ、すき家いってから床屋いってきなよ。だって髪の毛が伸び伸びだよ。床屋床屋」
 寝癖の頭を撫でながら、そうだねといい、いってくると素直に従う。その仕草にきゅんとしわたしは裸の直人に抱きついた。

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