まいちゃんのおとうさん

 毎週土曜日の朝。必ずではないにしろ、まいちゃんと喫茶店のモーニングを食べにいく。
「うち、パンケーキモーニングとアイスカフェラテで」
 いつもおなじメニューでいつもかわいい声と顔でいつもいく喫茶店のウェートレスに小声で注文をする。
「はい。少々お待ちくださいませ」
 これもまたいつもとおなじセリフでウェートレスがしゃべる。ロボットが読み上げる定型文のように。わたしは朝、といっても11時半くらいだけれど、(ここのモーニングはなんと12時までやっている)まるでお腹が空いていないのでレギュラーモーニングというシンプルなやつにする。食パン半分とゆでたまごとジャムとマーガリン。
 この場所だとまいちゃんは異様に饒舌になる。だからそこで彼女のここ最近の近況を知ることになる。
「うちの推しはね、BTSの誰それ」とか「会社に来る銀行さんがわりにイケメン」だとか「はるかってね(まいちゃんのともだち)弟と、イオンとか一緒にいくんだって~。かわいいよね」とか。そうゆう近況。はるかちゃんもさ、かわいいよ。けど、それを話すあなたもすっごくかわいいんだけれど。というと、顔をあげわたしをみて、首をふる。うちはかわいくなんかないよ。と。そしてふたりしてクスクスと笑いあう。はたからみたらきっと仲良しな親子のそれだし、実際に仲良しだとおもう。
「その銀行さんっていくつなの?」
 喫茶店はもうあまりひとはいない。もう12時を過ぎている。空調音。がちゃんがちゃんという食洗器の音。
「ん~、24歳」
「いいね」
 わたしはいいねという。年齢的にいいじゃないの。という意味で。
「ないないないよ。そうゆう対象じゃないし、なんというか絶対に無理なの!」
 無理なの。といい終えたタイミングで注文したあれこれが運ばれてきて、だんまりを決める。ごゆっくり。といい終えたウェートレスが去った背中をみつつ
「なんでないの? もしかしてかもじゃない? 彼氏候補として」
「だからさ、根本的に最初から無理なんだって」
 イケメンだし長身で銀行勤め。高学歴だし、うちも近所。らしい。なんて頑ななんだろう。わたしは首をひねる。
「だって……、」
「え? なに? なんなの? まさか彼がゲイとか?」
 や、それはないよ。まいちゃんは笑いながらそういいアイスカフェラテをストローですする。そして、パンケーキを食べだした。わたしもアイスコーヒーを飲む。ここのアイスコーヒーはなんというか薄い。水で薄めてねーか? とおもったりする。
「苗字が」
「え?」
 苗字? わたしは目をまるくして話のつづきを待つ。興味深々で。
「いい、なの。彼の苗字がね、いい、なの。だから、いやなの」
 いい? いいってなんなの? 頭の中で『いい』の意味がわからずに混乱をする。いいって、漢字はなに? とりあえず言葉が出た。
「伊藤さんの伊と井戸の井で(伊井)だよ。もしね、結婚したら(伊井まい)になるでしょ? だからもう最初から論外なんだよね」
 ズズーとアイスカフェラテを飲み干してからまいちゃんはなにごともないような涼しい顔をし、結婚するならかっこいい苗字がいいでしょ? ママ。とつけ足す。えじゃあまいちゃんは結婚するひとを苗字で決めるってことなの? その意味のわからない理由にまいちゃんは、そうだよ。悪い? と開きなおった。
「えええ!」
 わたしはひどくおどろいてしまう。そんなんで結婚相手を決めるとは。
「そんなにおどろかないでもいいの。まだ結婚はないしさ。けど、まあ佐藤さんとか、根本さんとか、渡辺さんとかがいいな。無難で」
「あ、あ、まあそうだね……」
 わたしたちの苗字も特に変わったものではない。どこにでもあるし芸能人にも多々いる。無難っちゃー無難だ。
「おもしろいね。じつに興味深いよ」
「そうかなぁ。だってさ、一生もんでしょ? 結婚って」
 そうだね。といえなかったのはわたしが事実結婚に失敗をしているし、まいちゃんはほんとうの父親の顔を知らない。わたしが悪いのだ。けれど、彼女はわたしをせめたことはない。ほんとうはどうなのだろう。まいちゃんはまいちゃんのおとうさんに似ている。わたしがひどく愛したおとこ。今でもすごくあいたいし喋りたいおとこ。そんなおとこの子どもであるまいちゃんをだから愛おしいとおもってしまうし、彼女に彼を投影している部分もあるかもしれない。だって似ているから。あんなにも愛したおとこだから。
「まあ、きっとみつかるよ。きっとね」
 もうテーブルにあるあれこれの食べ物はなくなっている。店内には夏の光が天井から煌々と入りこんでいて、まぶしい。わたしとまいちゃんの座っているテーブルにちょうど日光があたる。テーブルに反射した太陽の光線がまいちゃんの顔を直撃している。
「日焼けするよ~」
 まいちゃんは目を細めてから、あ、トイレいってくるといい立ち上がる。
「いっといれ」
「え? なにその寒い冗談は」
 いいのいいの。わたしはクスクス笑う。まいちゃんももうといいつつ笑いながらお手洗いに向かった。
 天井を故意的に見上げる。ほんとうにまぶしくてくしゃみがでた。
 まいちゃんのおとうさん。わたしは心の中でそっという。
 あいたいよ。それにまいちゃんはもう20歳だよ。心の中は心の中だけが饒舌だった。 

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