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「ニューノーマル」で変化する「装い」の意味

こんにちは、電脳コラムニストの村上です。

※ 本記事は日経本誌未来面との連動企画への寄稿です。

在宅勤務が増えたり、テレビ会議が一般化する中で「ニューノーマル」時代の装いが変化しています。上半身しか映らないことから、あるECサイトではトップスの売上はあがったが、ボトムスは売れないといった事態も起きています。

「人に会わないのなら、どんな格好でもいいのではないか」。そう考える人が出てきてもおかしくはないでしょう。しかし、究極を言えば、画面OFFにしていれば服を着る必要もないわけで、もしくはアバターなど仮想のキャラクターだけで事が済む可能性すらあります。それなのに、カジュアル化が進んだとはいえ、私達は装うことをやめていません。

そもそも「装う」とはどういうことでしょうか。辞書をひくと以下のように出てきました。

・服装。装束。特に、ととのった服装。よそおい。 「唐めいたる-は、うるはしうこそありけめ/源氏 桐壺」
・外観・設備や身なりなどを美しく飾りととのえること。また、そうした設備・服装・化粧など。 「晴れの-」 「 -を新たに開店する」 「 -をこらす」
・外観の様子。おもむき。風情。 「春の-をした山山」
・したくをすること。準備すること。 「旅の-こまごまと沙汰しをくられたり/平家 2」
(大辞林 第三版より抜粋)

自身を装飾することでもありますが、したくや準備といった意味でも使われています。つまりOFFからONになるための準備、とも取れるのではないでしょうか。

さらに考えを進めると、ファッションとはなにか?という疑問が浮かびます。なぜありのままの身体に満足できないのか。隠すべきという解釈をつけたのはなぜなのか。

旧約聖書におけるアダムとイヴのりんごの話は有名です。食べてはならないという知恵の樹の実を手にしてしまったことで、裸を恥ずかしいと思うようになり局部をイチジクの葉で隠すようになりました。禁じられるとかえって魅力が増し、欲望の対象になってしまう。禁断の果実とも言われています。

つまり、見せてはいいものと悪いものを決めることで違いを創出する。それを強調することで、欲望を刺激する。ファッションにはそのような効果があるのではないでしょうか。例えば男女を考えてみると、生物としての外見の差はそれほどかけ離れているわけではありません。しかし、服装や化粧などの装飾により人為的に明確な違いを作り出すことで、欲望の対象をつくりだしていくのかもしれません。

また、このエコシステムを強化していると思うのが、脳の報酬メカニズムです。玉川大学の脳科学研究所の坂上教授らによれば、同じ報酬を得るのでも努力して(コストを払って)得た報酬のほうが、なにもしないで得た場合よりも価値が大きくなるとのことです。

ニホンザルを使った実験により、コストを払って得た報酬の方が何もしないで得た報酬よりも主観的価値が大きくなることを示した。
中脳ドーパミンニューロンが、このような主観的価値を作り出すために重要な働きをしていることを解明。
視覚刺激と報酬確率の関係を学習するのに、コストがあった方が学習は早くなる(努力したほうが学習は進む)ことを世界で初めて発見。

この原理で言えば、装うためにかかるコスト、ないしは装いを剥がしていくコストが高いほど、人は主観的価値が大きくなるのかもしれません。

また、服や外見にこだわりを見せ始めるのは、思春期です。この時期は「自分とはなにか」といった真理と向き合い始める期間であり、自己を模索するために社会的な意味、制度的な枠組みとすり合わせていきます。それは、自分という存在を自分という閉空間では確認することができないというパラドックスと向き合うことでもあり、他者の中にいる自分を創造しながら、それを他者としてはじめて自分を認識するということです。服を着ることは、自分のイメージと他者・社会とを合わせていくことでもあります。

他者が見る自分というものに着目すれば、

・画面に映るもの。自分自身、背景など
・声そのもの
・メールやチャットでの文章

などから、その人自身が定義されていきます。全身の雰囲気や仕草・所作といったものがごっそり抜け落ちてしまうため、限られた情報でどれだけ「自分」を伝えることができるかがポイントになります。よって、画面に映る自分自身の重要度も相対的に大きくなってきます。これをどのように自分らしく演出するのかは、ニューノーマル時代のテーマの1つになりそうです。


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タイトル画像提供: Fast&Slow / PIXTA(ピクスタ)

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