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安心してください。きっと忘れます。

何事もなかったようにシャッターが開くのを待ち望んでいる。

そう書いた翌週、突然シャッターが開いていた。

「骨折してね。4ヶ月も暇してたよ。」

何事もなかったかのように元気で、いつも通りだった。

おそらく業務用パックの、なんの変哲もないアイスコーヒー。昨年の雷が鳴った週に有線放送だと判明した、この店に合っている訳ではない、ここでしか聞くことはないであろう曲たちのエンドレスループを聴きながら過ごすひと時が帰ってきた。

もしもあのままシャッターが開かなければ、新しいお店と出会い、そこがここと同じようにかけがえのない店になり、この店は時々思い出す程度に忘れていったのだろう。


知人の店が閉店の案内を出していた。

この場所にお店がなくなり寂しく感じてくださる方もいらっしゃるかもしれませんが、安心してください。きっと忘れます。きっとまた素敵な方が来てくださるはず。

安心してください。きっと忘れます。
本当にそうなのですよね。

父が亡くなってから10年くらいは毎日遺影の前にお線香とお水を欠かさなかった。20年も経つと、いつしか水だけになっていて、流れ作業になってしまう時すらある。(そういえばお線香は死者の食事なんだよなとふと思い出し、またあげ始めようと思い至ったところ)

どんなに大切だったものも程よく忘れていく。

完全に忘れることはないけれど、薄くなっていく。軽くなっていく。

素晴らしい人間の機能だと思う。

人の一生の中で、歳月もまた雪のように降り積もり、辛い記憶をうっすらと覆いながら、過ぎ去った昔を懐かしさへと美しく浄化させていく。もしそうでなければ、老いてゆくのは何と苦しいことだろう。

星野道夫/ノーザンライツ

失う事は恐れなくていい。

きっと忘れるから。

失っても途方に暮れる必要はない。

前を見ていれば、意外とあっさりと新しい幸福の中へ飛び込めるものだから

人間の気持ちとはおかしいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人のこころは深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きて行けるのでしょう

星野道夫/旅をする木

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