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58、コックリさん⑬ ユリカ様の兄に起きた異変と謎のお爺さん

ユリカ様が女子高生の霊につきまとわれるようになったのは、ユリカ様のお兄さんの存在が影響しているのではないかとユリカ様自身は考えているらしかった。

「忍者、アタシのお兄ちゃんについて何か知っている?」

ユリカ様は顔を上げて正面に座る忍者の顔を見やると、小さく折りたたんだハンバーガーの包装紙をテーブルに置いた。

「あ……いや……えと……うん、少し」

忍者は返答に困ったように口ごもった。以前、忍者は僕達にユリカ様のお兄さんの話しをしてくれた。「ユリカ様のお兄さんは精神疾患を発症し、入退院を繰り返しているのだ」と。忍者はそのお兄さんについての情報を知っているとユリカ様に言って良いのか分からず困ってしまったのだろう。

「アタシのお兄ちゃんはね、21歳の大学生。ファッション誌のモデルなんかやっていたから、アンタ達ももしかしたら見た事くらいはあるかもね?」

そう言うとユリカ様は小さく溜息をついた。

「あ、もしかして『メンズ〇〇』? なんかユリカ様と同じ苗字だし、顔も似ている人がいるなと思っていたんだ」

ナカムーはハンバーガーを片手に立ち上がると、空いている方の人差し指で自分の額をつんつんと叩き始めた。

「えぇと、確か名前は……名前は――」

「早乙女恭一郎(さおとめきょういちろう)」

ユリカ様はナカムーの顔を見上げフッと笑った。

「そうそう、恭一郎、恭一郎! 超イケメンなんだよ!」

ナカムーは「うんうん」と頷きながらドスンと椅子に腰を掛けた。

「でもね――」

そう言うとユリカ様は眼を伏せた。

「今ではモデルをやっていたとは思えない感じになっちゃった。精神がおかしくなっちゃったからね」

ユリカ様は小さく首を横に振ると、テーブルに置いた自分のジュースの容器に手を伸ばした。しかし何か思い直したのか手を止めると、ジュースは取らずにゆっくり手を引っ込めた。

「お兄さんは――」

僕は口を開いた。ユリカ様は眼だけを僕の方に向けた。

「何?」

「お兄さんは、もしかして霊が関係して精神を病んでしまったの?」

僕は遠慮せずにユリカ様に尋ねた。するとユリカ様は僕の方を向き、じっと僕の眼を見つめた。

「アタシはそうだと思っている。そんな風に、あのお爺さんも言っていたからね……」

「オジイサン?」

「そう、不思議な力を持ったお爺さん……」

するとユリカ様は僕達にお兄さんについての話し、それと不思議なオジイサンについての話しをし始めた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ユリカ様のお兄さん、「早乙女恭一郎(さおとめきょういちろう)」はT大学に通いながら雑誌のモデルとして活動していた。弓道部の主将を務め、勉強もできる優秀な学生だったらしい。性格は穏やかで物腰は柔らかい。ユリカ様とは真逆のキャラクターだったらしい。

しかしそんな恭一郎が突然変貌してしまった。ユリカ様が中学一年生だった頃のある日曜日、恭一郎は弓道部の仲間数人と、とある神社を訪れた。よく分からないがその神社で奉納の儀式があり、それに参加するのだと恭一郎はユリカ様に話していたそうだ。その神社は東京郊外のとある村の神社で、山の中腹の鬱蒼とした木々の間に建つ、由緒のある神社らしかった。

神社での儀式を終えた恭一郎は、弓道部の仲間数人と山を下り始めた。その途中、恭一郎は気分が悪いと訴えた。恭一郎は山道の脇に腰を下ろし仲間から介抱されていたが、突然立ち上がり、何かに怯えたように叫び声を上げながら走り始めると、そのまま木々の間に姿を消してしまったのだそうだ。

地元の消防団も加わり恭一郎の捜索が始まった。しかし、恭一郎は一向に見つからず時間だけが徒に過ぎていった。

日没が近くなった為いったん捜索を打ち切ろうかと捜索隊の皆で話し合っていたところ、恭一郎が突然皆の前に姿を現した。その時の恭一郎は狂人そのものだったそうだ。何やら大声で喚き散らし、両手には弓と矢を携えていたそうだ。

あまりの異常な雰囲気に弓道部の仲間も消防団も遠巻きにしていると、恭一郎は手にしていた弓を構え、そこに居た人達に向かって何やら絶叫しながら無茶苦茶に矢を放ったそうだ。「俺に構うな!」「俺は向こうには行かない!」「来るなキチガイ女!」等と喚き散らしていたそうだ。そして矢が尽きたのと同時に恭一郎はその場に倒れると気を失ってしまったそうだ。

恭一郎は病院に運ばれたが昏睡状態となったそうだ。恭一郎は3日後に意識を取り戻したが、その時の様子も狂人そのもので、やはり「俺に構うな!」「来るなキチガイ女!」等喚き散らしていたのだそうだ。それから恭一郎はずっとそのような状態となってしまったそうだ。

ユリカ様やその家族は、恭一郎を色々な病院に連れて行き専門的な治療を受けさせたが、どの治療も恭一郎の心を元に戻す事はできなかったそうだ。

ある日、ユリカ様は電車に乗りある場所に向かっていた。恭一郎が精神を病むきっかけとなったと思われるあの神社に。

もう間もなく最寄りの駅に到着しようかという頃、見知らぬ老人がユリカ様に声をかけてきたそうだ。そのお爺さんはなぜか恭一郎に起こった事を全て知っているようだった。そしてユリカ様にこう伝えたのだそうだ。「独りであの神社に行ってはならない」「お兄さんは霊に襲われたのだ」と。お爺さんが言うには、恭一郎は訪ねた神社付近で霊に襲われたようだった。そしてその後、何とも不思議なアドバイスをしたのだそうだ。

「君の中学校には『清掃部』という部が存在する筈。お兄さんを助けたければ、その『清掃部』に入部しなさい」

お爺さんはユリカ様にそう伝えると電車を降りて去って行ってしまったそうだ。恭一郎の事も知っていれば、自分の中学校の「清掃部」の事まで知っているお爺さんにユリカ様は不信感も抱いたが、しかし他に成す術のなかったユリカ様は、ダメ元でお爺さんのアドバイスを聞き入れようと思ったのだそうだ。

その後、ユリカ様は「清掃部」に入部した。そして週に三回校内を清掃して回りながら、お兄さんの心を取り戻す事に繋がる「何か」を得ようとしたが、特に何も得るものがなく時が過ぎていったそうだ。

焦燥感だけを募らせていたある日、ユリカ様は部室の書庫からある用紙を見つけた。――それはあのコックリさんの紙だった。ユリカ様はピンときたのだそうだ。「みんなでコックリさんをする為に、あのお爺さんは『清掃部』に入部するよう勧めたんだ」「コックリさんをやって現れた霊が、何かお兄ちゃんと関係しているんだ」と……。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――で、結局」

それまで皆、ユリカ様の話しを黙って聞いていたが、疑問に思う事があったのかユリカ様の正面に座っていた忍者が口を挟んだ。

「何?」

ユリカ様はテーブルに置かれたジュースの容器に手を伸ばしながら返事をした。ユリカ様は喋りっ放しで喉が渇いたのだろう。ジュースのストローを咥えると、その炭酸が抜けてしまっているだろう飲み物をゴクゴクと飲み始めた。

「結局あの女子高生の霊が、お兄さんを苦しめている存在だって事?」

忍者は首を傾げるようにしてユリカ様の顔を見つめた。

「――いや、関係はしているけど直接的な原因ではないかな?」

ユリカ様はジュースをテーブルに置くと、今まで一切手を付けていなかったポテトフライの紙製の容器を手に取り、それをパクパクと食べ始めた。

……ユリカ様は恭一郎の話しや謎のお爺さんについて初めて他人に話したのだろう、その話した事による解放感・安心感みたいなものが、ユリカ様の食欲を誘発したのだろうと僕は思った。ユリカ様はハンバーガーを注文していたものの「食べたくないから」とナカムーにあげてしまっていた為、店にやって来てから何も口にしていなかった。

「どういう事、全然分からないんだけど俺?」

ナカムーが右隣りに座る忍者のポテトフライに手を伸ばしながらユリカ様に尋ねた。それからナカムーは空いているほうの手の人差し指を上に向けた。

「えっと、謎の爺さんは『清掃部』に入るようユリカ様に伝えた。で、ユリカ様は『清掃部』に入った。んでんで、ある日コックリさんの紙を見つけ、みんなでコックリさんをしたら、あの俺っちに憑りついた女子高生の霊が現れた。……これはまさに、あの女子高生の霊がお兄さんを襲ったと考えてもおかしくないんじゃないスか? 謎のお爺さんはユリカ様の前に女子高生の霊が現れる事を見越して、女子高生の霊がお兄さんを襲ったのだと伝えたくて、この麗しき我ら『清掃部』に入るようお勧めしたんじゃないスかスか?」

「いや、アタシも最初はそう思ったの」

ポテトフライの塩が指に付いたのだろうか、ユリカ様は指を舐めながら、空いている方の腕をナカムーに向かってひらひらと振って見せた。

「でも、コックリさんからこっち、アタシはあの女子高生の霊につきまとわれていたんだけど、アイツはお兄ちゃんの事なんて一切尋ねなかった。とにかくアタシに死ぬよう促すだけ。何か変じゃない?」

「だから多分――」

僕は俯き加減で腕を組みながら、皆の方は見ずに頭の中をまとめるようにしながら言葉を発した。

「……お兄さんはみんなが考えているように多分、霊に襲われた。しかし、その霊は女子高生の霊とはまた別の霊。その別の霊はお兄さんをターゲットとしていて、あの女子高生の霊はおそらくユリカ様をターゲットにしている。二人の霊のターゲットは別々なんだけど、二人ともある一つの目的を共有している。……そんなところなんじゃないかな?」

僕は顔を上げて皆の顔それぞれに眼を遣った。

「アタシもそんなところだと思っている」

僕はユリカ様の顔を見た。ユリカ様も僕の方へ顔を向けていて、僕の眼をじっと見つめた。

「よし!」

ユリカ様は突然気合を入れたような大きな声を出すと両手でテーブルを「ドン!」と叩いて立ち上がった。僕は驚いてびくりと身体を震わせた。忍者とナカムーも「おお!」と声を上げて驚いていた。

「ではみんな、今アタシが考えている計画を発表する!」

ユリカ様は店内に響き渡るような大声を上げた。

「もう一度コックリさんをやって、あの女子高生の霊を呼び出すから!」


➡59、コックリさん⑭ 僕とユリカ様の対立

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