見出し画像

57、コックリさん⑫ ファストフード店でのやり取り

女子高生の霊から逃れた僕達は、中学校から程近いファストフード店の二階に居た。

僕と忍者、そしてナカムーの三人は「清掃部」の部活帰りにこのファストフード店に立ち寄って、宿題をしたり携帯電話のゲームを一緒にしたりとして時間を潰す事があった。しかし、この日はいつもの僕達三人以外に、もう一人の生徒が居た。僕達の他にもう一人――ユリカ様が居たのだ。

ユリカ様は「清掃部」の活動が終わると、特に僕達に挨拶する事もなくサッサと下校してしまっていた。僕たちは何度かこのファストフード店にユリカ様を誘った事もあるが、「アンタ達に付き合っている暇はないの」とどれも一蹴されてしまっていた。しかし、今日はそんなユリカ様が僕達と一緒のテーブルに座っていたのだ。しかもこの日は、ユリカ様が僕達をこのファストフード店に誘ったのだ。

ナカムーと忍者はユリカ様に誘われた事がよっぽど嬉しかったのか、普段よりも饒舌にくだらない話しをまくし立てていた。僕はジュースを飲みながら黙って座っていた。「話したい事がある」との事で、ユリカ様は僕達をこのファストフード店に誘った。だから僕はユリカ様がその話しを始めるのを待っていたのだが、ユリカ様はじっと携帯電話のボタンをいじっているだけだった。

「――でもさぁ、亘(わたり)?」

正面に座るナカムーが、何やら楽しそうな様子で僕の名を呼んだ。僕は「え?」と返事をして、僕の左側に座っていたユリカ様からナカムーに視線を移した。

「霊に憑りつかれた事のあるヤツって、そうそう居ないだろうな?」

「……まぁ、あまり聞いた事ないね」

「そもそも普通に生きていて、幽霊自体に会う事がないもんな!」

そう言うとナカムーはさも楽しそうにゲラゲラと笑った。

僕は複雑な気持ちを抱いた。確かに僕は霊に憑りつかれた事はないので、それに関しては同意できる。しかし僕は普通に生きていて霊に遭遇しまくっている。今回の出来事以外にも数多くの霊に遭遇し、命の危険に晒されたのも一度や二度だけではないのだから。

「でもさぁ――」

すぐ隣りに座るナカムーの話しは他所(よそ)に、忍者が首を傾げた。

「そういえば、あの自称『女子高生の霊』が言ってたよね、いつもユリカ様に付きまとっているって?」

忍者は正面に座っているユリカ様に視線を移した。しかしユリカ様は携帯電話のボタンをいじったまま返事をしなかった。

「そうそう、それは俺も聞いた」

ナカムーがハンバーガーを頬張りながら、隣に座る忍者を指差した。

「俺が聞いたっていうか、俺が言ったという表現が正解だと思うけど。……でも確かにアイツは言った言った、いつもユリカ様に付きまとっている――」

そこまで言うとナカムーはハンバーガーをがっつき過ぎたのか激しくムセこんでしまった。

「何やってるんだよ、バカ!」

忍者が笑いながらナカムーの背中を擦った。ナカムーは赤い顔をしてジュースを飲み始めた。

「……それは本当の話しだから」

携帯電話をいじったまま、ユリカ様が呟いた。

「それは本当の話し。私は女子高生の霊に付きまとわれているの」

ユリカ様は顔を上げて僕達の顔を見渡すと、また携帯電話の画面に視線を落としてしまった。忍者とナカムーは黙りこくってしまった。その顔には、恐怖や不安といった感情が宿っているように見えたが、ユリカ様はいつも通りの不機嫌そうな表情を浮かべているだけだった。

「ユリカ様」

「……何?」

僕が呼びかけると、ユリカ様は携帯電話に視線を落としたまま返事をした。

「今日、僕達をこの場に誘ったのは、その話しをしたかったからだよね?」

僕はユリカ様の顔を覗き込んだ。僕はユリカ様に女子高生の霊の話しをするように促したのだ。僕達は全員、あの女子高生と称する霊に襲われているのだから、その霊に関する話しを聞く必要がある。それに、女子高生の霊といっても、僕も忍者も――ナカムーもそうだろう、誰もその姿を見てはいないのだ。

するとユリカ様が、携帯電話の画面を僕達に向けた。

「これ、見える?」

「え、なになに?」

忍者とナカムーは身を乗り出すようにしてその画面を眺めた。僕はユリカ様がなかなか女子高生の霊の話しを始めない事に少し苛立ちを覚えた。

「ユリカ様、君は女子高生の霊の話しをしたいのだろ? だったら――」

「いいから見るの」

「でも――」

すると忍者とナカムーが「あ!」と二人揃って声を上げた。二人の表情が一瞬で恐怖に包まれたような表情に切り替わる。訝しく思った僕は、渋々ユリカ様の携帯電話の画面に眼を遣った。

……ピントが合っていなくてはっきりとは見えないのだが、画面の中央に女性の上半身が写っている。……僕達よりも年上だろう、その女性は長い黒髪に細い切れ長の眼をしている。紺色のブレザーと白いYシャツを着ているので、おそらくどこかの女子高生なのだろう。そして気味の悪いのは、赤黒い染みのようなものが写真の縁を覆うようにして囲っていた事だった。これは一体、なんだ? 酷く不吉な「しるし」のように感じる。まるで心霊写真の様じゃないか。――そう思った僕は、忍者やナカムーと同様に「あ!」と声を上げてしまった。

「……ここに写っている女の人って、まさか……」

僕は隣りに座るユリカ様の顔を見た。ユリカ様は僕達に話し始めた。

「それはある日の放課後、学校から帰る途中に撮った『写メ』。たまたま連写したヤツだからピントはボケている。でもその連写した写真の中に一枚だけ写っていたの」

ユリカ様は僕の眼をじっと見つめた。

「いつも私に付きまとう、女子高生の霊の姿が……」

忍者とナカムーは、何か危険な物から離れでもするようにユリカ様の携帯電話から飛び退いた。ユリカ様は僕から視線を外すと、携帯電話の画面を伏せるようにしてテーブルに置いた。

僕は小さくないショックを受けていた。やはりユリカ様は僕達の知らないところで、あの女子高生の霊に襲われていたのだ。あの女子高生の霊はユリカ様に「つきまとっていた」のだ。

「みんなでコックリさんをした時から?」

忍者が恐る恐るといった様子でユリカ様に尋ねた。

「……そう、あれから付きまとわれるようになった」

ユリカ様は忍者を見もせずに答えると、テーブルの上に置いてあったハンバーガーの包装紙を手に取り、それを四角く折りたたみ始めた。

「でも、あの女子高生の霊が憑りついたのって俺でしょ? それなのに、なんで現れるのはユリカ様の前だけなんだろ? 亘(わたり)、お前分かる?」

ナカムーは不思議そうな表情を浮かべて僕を見た。僕は「分からない」というように首を横に振った。……僕にも話しが全然見えてこなかった。コックリさんの時に女子高生の霊が現れた。そしてその時に憑りついたのはナカムー。そしてナカムーから離れた女子高生の霊は、しばらくユリカ様につきまとう。そして暫くそうしていた後、再びナカムーに憑りつく。そして僕と忍者に対してユリカ様を殺すよう命令する……。この一連の出来事は、一体どういう意味を持っているのだろう?  僕には全く分からなかった。

「多分……」

ユリカ様は何かを言いかけると、包装紙を折り畳むのをやめて顔を上げた。

「多分、あの女子高生の霊が現れるようになったのは、アタシのお兄ちゃんに関係しているんだと思う」

ユリカ様は僕と忍者、ナカムーの顔を見渡した。

「多分あの女子高生の霊の目的は、アタシのお兄ちゃんを殺す事なんだと思う」


➡58、コックリさん⑬ ユリカ様の兄に起きた異変と謎のお爺さん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?