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59、コックリさん⑭ 僕とユリカ様の対立

ユリカ様は、「もう一度コックリさんを行う」と高らかに宣言すると、テーブルに着いた両手を離し、ぎっちりと腕組をしてニヤニヤと笑っていた。

「よし、みんな!」

ユリカ様は腕組みをしていた腕をほどくと、今度は右手の拳を握り真っ直ぐ前に突き出した。

「もう一度、あのバカ女子高生の霊を呼び寄せてやるのよ!」

ユリカ様は嬉々としてそう叫ぶと床に置いていたカバンを掴み、その場から駆け出そうとした。

「ちょ……ちょっと、どこへ行くの?」

忍者は座ったまま、慌てた様子でユリカ様に向かって腕を伸ばした。するとユリカ様が怪訝な表情を忍者に向けた。

「どこって、これから部室へ行くのよ」

「これから?! もう、夜の7時になるけど」

忍者は間の抜けた声を上げて目を丸くした。

「だから何なの? あそこにコックリさんの紙が置いてあるんだから。さぁ、早く行くわよ!」

ユリカ様はファストフード店の二階から一階へ続く階段の方へ向かおうとしたのか、その場から走り始めた。

「ユリカ様、ちょっと待って、待って!」

僕は立ち上がると、離れていくユリカ様の背中に声を掛けた。ユリカ様は怪訝な表情を浮かべて振り返った。

「なんなのアンタ達、『思い立ったら吉日』とか言うでしょ?」

「いや、気持ちは分かるんだけど――」

「分かるけど、何?」

「いや、気持ちは分かるよ、分かるけど、でも僕はあんまり気乗りしない」

「どうして? 亘(わたり)先生、まさか怖いの?」

ユリカ様は僕の方へ向き直ると、忌々しそうな表情をして僕を睨み付けた。僕は何も答えずに、じっとユリカ様の眼を見つめた。

僕はもう一度コックリさんを行う事は反対だった。僕はまたみんなに危険が訪れるような可能性のある事を行いたくなかったのだ。実際、僕達は全員命の危険に晒されたのだ。それに、女子高生の霊をもう一度呼んでどうするのか僕には全く分からなかった。何よりも、僕は霊の恐ろしさをユリカ様よりも知っている。それなのに簡単に霊を呼ぶとか言われると、さすがに僕も反対せざるを得なかったのだ。

「まぁまぁまぁ、ご両人、まぁまぁまぁ!」

ナカムーが揉み手をしながら立ち上がると、僕とユリカ様の間に割って入った。

「とりあえずここはご両人、いったん落ち着いて座ってお話し致しましょう」

ナカムーは僕とユリカ様に対して、座っていた席に戻るよう慇懃なジェスチャーで促した。僕はユリカ様が座ろうとしなかったので座るわけにもいかず、そのまま立ち続けていた。

「それに、アッシの記憶に間違いがなければ――」

そう言うとナカムーは右手の人差し指で自分の額をトントンと叩いた。

「確かコックリさんの紙は焼却炉で焼いちまった筈です。サーセン!」

そう言うとナカムーはユリカ様に向かって、身体が折れ曲がらんばかりに頭を下げた。……そうだったのだ、そういえばみんなでコックリさんをした後、僕と忍者とナカムーであの紙を燃やしてしまったのだ。だから部室に行ったところで、あの紙は存在しないのだ。

「な……この三馬鹿トリオ……」

ユリカ様はコックリさんの紙を燃やされてしまった事に怒ったのか、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。しかし大きく深呼吸をして息を吐き出すと、何も言わずに歩き始め、もと居た席に乱暴に座った。僕ももと居た席――ユリカ様の右隣の席に座った。

しばし、ファストフード店のテーブルを囲んで座る僕達の間に重苦しい空気が流れた。

「あの……」

忍者がおずおずと正面に座るユリカ様に尋ねた。ユリカ様は黙ったまま忍者の顔を睨み付けた。

「コックリさんの話しを聞かせてほしいんだけど? どういう作戦を考えていたのかな……と……」

ユリカ様の視線に耐えかねたのか、忍者の声は段々と小さくなり。しまいには下を向いて黙ってしまった。

するとユリカ様がわざとらしく咳払いをした。

「亘(わたり)先生、忍者の質問にお答えしても宜しいかしら?」

僕は顔の左側にユリカ様の突き刺すような視線を感じた。僕はなるべく平静さを装って、「どうぞ」とユリカ様に返事をした。

「まず――」

ユリカ様は右手の人差し指を上に向けた。

「女子高生の霊を再びナカムーに憑りつかせます」

そう言うと、ユリカ様は半ば忍者の方へ身を乗り出した。

「ま、また俺は取り憑かれるの?」

ナカムーが困ったような顔をして自分の顔を指さした。

「今度こそ俺はみんなを襲うかもしれないよ?」

「大丈夫なの」

ユリカ様はナカムーの方へ振り返ると、その紅潮した丸い顔をじっと見つめた。

「だから、あらかじめアンタが動けないように、紐か何かで縛っておく。そうすればアタシ達が襲われる事はない」

「お、俺は縛られちゃうわけね!」

ナカムーは助けを求めるような視線を僕に向けた。僕は何も答えなかった。

「ただ縛るだけ」

ユリカ様はニヤリと笑った。

「で、それからどうするの?」

忍者が首を傾げた。

「それから?」

ユリカ様は忍者の方へ振り返った。

「それから、ナカムーに取り憑いたあの女子高生の霊に、一体何を企んでいるのかを尋ねる。あと、お兄ちゃんの事について知っている事があると思うから、それについても根掘り葉掘り聞く」

ユリカ様はそう言うと忍者の顔を見つめたままニヤリと笑った。忍者は困ったような表情をして僕の顔を見た。……おそらくユリカ様の作戦が杜撰(ずさん)極まりないもので驚いたのだろう。それは僕も全く同感だった。

「そんな作戦上手くいかないよ。やめようコックリさんは」

僕は首を振るとユリカ様の顔を見た。しかし、ユリカ様は僕の顔を見もせずに腕を組んでいた。僕はユリカ様に向かって話し始めた。

「そもそも、そう都合良く再びナカムーに女子高生の霊が憑りつくか分からない。もしかしたらユリカ様に憑りつくかもしれない。例えナカムーに憑りついたとしても、女子高生の霊に対してその目的を聞き出したり、お兄さんを襲っている霊について聞き出したりできるだろうか。そんな質問に簡単に応じるとは思えないよ」

僕はユリカ様に自分の意見を述べた。ユリカ様は何も返事をしなかった。するとナカムーが揉み手をしながら嘘臭い笑顔を浮かべた。

「とりあえず、今日はお開きという事に致しましょうか?」

すると、ユリカ様が突然立ち上がった。

「もういい、アタシ独りでやるから」

そう言うとユリカ様は、自分のカバンを手に取ると一階に向かう階段を駆け下りて行ってしまった。

忍者がオロオロとした様子で立ち上がった。

「亘(わたり)、お前があんな言い方するから。ユリカ様は色々と焦っているんだよ。とりあえず俺は追いかけるからな!」

そう言うと忍者はナカムーの手を引き階段を駆け下りていってしまった。

独り残された僕は後悔した。ユリカ様の考えているコックリさんについての作戦は酷いものだった。しかし、彼女は忍者の言うように焦っているのだ。ユリカ様はもともと頭の良い人間だ。自分の言っている作戦の酷さも分かっているだろう。それなのにそんな事を言うのは、それもこれもひとえにお兄さんを心配しているからなのだ。彼女は何か行動せずにはいられないのだ。

僕はしばし、その場に座ったまま考えを巡らせていたが、このままこうしていたって何も始まらない。既に状況は動き始めてしまったのだ。もう一度、コックリさんを行う方向へと……。

「こうなったら、仕方ない。やるしかない……」

僕はそう呟くと立ち上がり、ファストフード店の階段を駆け下りて行った。もちろん、ユリカ様とみんなを追う為に。


➡60、コックリさん⑮ 本物の女子高生の霊 欺く僕


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