抒情と言う 生き物

抒情と言う 生き物が もしいるとすれば、 それは論理と言う 甲羅をかぶった 鮮やかな軟体動物ではないか

 2020年1月26日、ポエム・イン静岡2020が東静岡のグランシップ交流ホール(中2階)で開催され、峯澤典子さんの講演があるというので、参加してきた。

 本題に入る前に、これはtwitterでも書いたのだが、峯澤さんとのご縁について少し触れておく。

 2016年に私は詩作にほぼ20年ぶりに復帰した。表現したい欲望が人生最晩年になってまた目覚めたのだ。しかし、当時の詩の状況についての知識は皆無であったし、自分の詩の言葉が読者に対し効力を持っているのか、いないのか、投稿経験ゼロの私には全く分からなかった。そのとき、たまたま見た日本現代詩人会で投稿制度があることを知り、締め切り2週間前になっていたが、拙詩「雪豹」を投稿し、入選を戴くことができた。その選者が峯澤さんだったのだ。大きな励みと自信を戴き、その後すぐ詩集『死水晶』を刊行できたのもこの1件が大きいと考えている。ある意味、現在私が詩を書いたり携わっていることの恩人でもある。岐阜ー東静岡間、片道在来線利用で3時間半かかったが、是非一度、お目にかかりお礼を言いたくはせ参じた次第である。(ちなみに詩集冒頭は「雪豹」である)

 講演は「いま、新しい詩人たちの詩を読む」と銘打たれ、1回10分ほどの休憩を挟んだものの、2時間以上にわたり、谷川俊太郎やヴァレリー、オクタビオ・パスの概説から始まり、4人の新鋭詩人の詩と自作詩の詩法について語られた。取り上げられた4人と読解のあった詩は以下。十田撓子「銘度利加」(『銘度利加』)、マーサ・ナカムラ「犬のフーツク」(『狸の匣』)、水下暢也「狙撃者の灰色」「とくにない」(『亡失について』)、井戸川射子「川をすくう手」(『する、されるユートピア』)。いずれもH氏賞や中也賞を受賞された詩人たちだ。
 水下氏の詩集はまだ未読だったので、帰宅後すぐ申し込んだが、他の3名は既読で同人誌に詩集評を書いたり、ツィキャスで朗読させてもらった方もいる。仔細はここでは詳述しないが(これは参加された方の特権w)、「日常で感じとれなかったものを感じさせる新しさ」「詩の中にもう一つの時間が入り込み、入れ子構造になっている」「情を書かず映像そのものを自立させている」「詩の中にしか見いだせない時間」など、独自に分析され尽くした解釈はとても分かり易く、説得力のあるものだった。
 そしてH氏賞を獲られたご自分の第二詩集『ひかりの途上で』から「はつ、ゆき」の制作過程をお話しくださった。私も何度か朗読をさせてもらったりして大好きな詩なのだが、峯澤さんご自身のお声で朗読を聴くのは初めての体験。朗読中、鳥肌が立った。
 作者が自分の詩を多く語ってしまうと、読者の自由な読みを制限してしまうので、と仰りながら、ギリギリのところで制作過程や詩法について語って戴いたのだが、『「はつ、ゆき」とタイトルに読点があることは、詩のなかの「てん、てん、てん」のイメージを喚起させるように』『雪の中に何も持っていない人間の像が浮かび上がってきた』『南天の実と雪のイメージは受け入れてもらい易いが、兎の眼のイメージにならないようにした』『「冬の暦」を出すことで「めぐり」のイメージ』『詩の最初や途中に出てきた言葉やフレーズを再登場させる詩法』『隠喩、直喩には流行を意識せずこだわってみたい』、そして『読んでくれている読者が「あ、これは自分の物語だ!」と思ってもらえるような詩を書いていきたい』という言葉が圧巻であった。峯澤さんは他者の介在、他者への思いということを、ストイシズムと言ってもいいほど、徹底された稀有な詩人だと思っている。こんなことを言っていいかどうか分からないが、詩に人格が出るのである。だから詩が迷いなく美しい響きをもつ。

 ご講演の2時間はあっという間で、上質な詩論を分かり易く手ほどきしてもらった感があった。峯澤さんのように美しい抒情詩を書かれる方は憧れの的ではあるのだが、さほど難しい言葉は一切使われてないのに、読まされてしまう(いい意味で)のは、何故なんだろうと常々考えてきたが、今回、お話を伺ってその一端が明確に分かった気がした。
 それは抒情詩といえど、ただ感性のみで突っ走るのではなく明確な論理性をいつも備えた上で、書かれていたということである。論理性を持つのは言葉と距離を置くことでもあり、書き始めから終行までの一字一句に作者の厳しい視線が言葉に対して注がれている、ということでもある。「無駄のない形容詞」「自立した映像」「言葉、映像、言葉の追いかけごっこ」などの解説中の言葉は、詩は1本の映像作品であることを思わせた。台詞、言葉の衣装、主体を支える背景、カメラを据える位置、など全部ひとりで任せられた監督、それが詩人なのかも知れない。

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