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2020年上半期 心に栄養をくれた10本の映画

フリーランス・デザイナーの井上新八です。

今回は2020年上半期に見た映画についてです。

1〜6月に劇場で見た映画の中で
心に栄養をくれた10本の映画について書いてみました。
つまり個人的に好きな10本の映画の感想です。

今年は3月中旬〜6月まで2カ月以上、
劇場で映画が見れないという、
恐らく物心ついて初めてのことがあって、
映画館で映画を見るっていうことが、
いかに自分にとって大切かわかる半年でした。

あくまで個人的に良かった映画についての個人的な感想です。
内容を間違えて解釈している可能性も多々ありますので、
そこは笑って許してやってください。

それからベスト10とかではないので、順番に特に意味はありません。
思いついた順に書いています。

「新喜劇王」

信じられないくらい泣いた。
号泣したとか、そんな言葉で片付けられるような泣き方じゃなかった。
もう震えて、座席が揺れて、たぶん声も漏れていた。
劇場に他に誰もいなかったらたぶん叫んでた。
でも、こんなにストレートに、まっすぐに、
たったひとつのことを言ってくる映画、そんなにない気がする。
この映画一つのことしか言ってない。
「あきらめんな」その一言。
ラジオ的に言えば「前田日明あきらめんじゃねえ」(byニッポン放送)
くらいのド直球さ。
ちがうか。
とにかく、そのまっすぐさが涙腺を刺激しまくるわけです。

女優を夢見て、アルバイトを掛け持ちしながら、
万年エキストラを続ける三十路女性の話。

監督はチャウ・シンチー。
この映画は99年に作った「喜劇王」のセルフリブート作品。
この機会に「喜劇王」の方も見直したけど、
今回の「新喜劇王」の方がよりシンプルでストレートな映画になっている。
そしてバカバカしさもよりアップデートされている。

そう、はっきり言ってこの映画、超バカバカしい。
とにかく、バカバカしくて、ナンセンスで、しょうもない映画だ。
なのになんでおれこんなに泣いてんだ…。

でも、チャウ・シンチーの映画は、
バカバカしいんだけど、とにかく泣けるのだ。
ちなみにぼくのオールタイムベストワン映画は「少林サッカー」だ。
公開時の日記を見てみたら…
やっぱ泣いてた。

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2002年6月2日、公開2日目に見に行ったようです。
このときは、確か新宿での上映劇場が「新宿東急」のはずだったんだけど、
観客が殺到しすぎて、急きょ倍の規模の映画館「新宿ミラノ座」
変更になったんですよね。確か。
その状況に始まる前から感無量で泣いてた記憶がある。
始まってからはあまりにも泣きすぎて、頭が飛んじゃってる。
日記にも「とてつもない」とか、
「普通じゃない」とか、そんなことしか書いてない。
それからしばらく日記の内容が
「鼻くその粘着力」についての話だったり、
勢い余ってフットサルを始めた話だったり、
そんなの全然記憶にないのだけど、
本当に少し頭がおかしくなってたみたいだ。

今でも見直す度に「少林サッカー」は確実に泣く。
最初の試合のシーンから泣いてる。
もしかしたらそれでチャウ・シンチーの映画を見ると泣いてしまう
「パブロフの犬」状態になっている可能性もある。
なので、自分でもあまり信頼できないところはあるのだけど、
とにかく「新喜劇王」は最高に泣ける映画だった。

まったくいいことがない主人公が
ひたすら女優を目指して現場でエキストラを続けるのだ、
どんな不遇にもめげずに、まっすぐに、ひたむきに。
思い出すだけで、涙が流れてくる(病気だ…)。

40代になって「コンフィデンスマンJP」(2018年)
でブレイクした俳優の小手伸也さん。
最近「ごくせん」(2002年)の11話にちょい役で出てたのが
話題になったりして、
それから15年以上も地道に役者を続けて大役をつかんだのだなと思うと、
これは絵空事でも何でもなくてリアルな話だ。

この映画の主演女優エ・ジンウェンも
これまで無名だった女優で、この映画で初主演を果たした。
作品自体がテーマを体現している。
共演のワン・バオチャンも下積みの長かった俳優だ。

もちろん、みんながチャンスをつかめるわけではない。
だから夢は、ある意味「呪い」でもあるけど、
それでも道は続けた先にしかない。

やりたいことがあるなら、
うまくいかなくても、人より劣ってると思っても、ばかにされても、
あきらめるな、やり続けろ、
それしかないんだよって映画だった。
これ、今の時代に必要とされる映画じゃないか。
少なくとも今の自分には圧倒的に必要な映画だった。
最高の映画すぎて死ぬかと思った。

新喜劇王(2019年)
新喜剧之王/The New King of Comedy
製作国:中国 / 上映時間:90分
監督 チャウ・シンチー 
出演者ワン・バオチャン エ・ジンウェン チャン・チュエンダン


「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」

もしかしたら、長年観たかった映画はこの映画だったんじゃないか?
ずっと探していたものに出合ってしまった…そういう映画だった。

ただ困ったことに、
どう人に勧めたらいいか悩んでしまう映画でもある。
面白い映画ではなかったのだ。むしろ超眠かった。
とにかく前半はけだるくて退屈で、何この映画?って思ってたんだけど、
それこそがこの映画の装置の一環だとわかって後半で目が覚めた。
そういう映画だった。

見る前に知っていた情報としては、
中国映画であること、途中から3Dになること、この2点だけ。
冒頭は男が女を探す話なのはなんとなく分かったんだけど、
要素が断片的で何が起きているのかわからなかった。
正直あまり面白くなかった。
何で無理して時間作ってこんな映画見にきたのか後悔してた。
ただ、ちょうど1時間くらい経ったところで雰囲気が変わる。
ここでタイトルが出る。
つまりここからが本編なのだ。
3D版だとどうやらここから3Dになるらしい。
残念ながらぼくは2D版を見たのでわからないのだけど。
それだけでなくてワンシーンワンカットの映画になる。
映画自体がいきなりが変わるのだ。

そしてここからの映画体験こそが、この映画の全てと言っていい。
そして前半のあの気怠くて眠たい空気が、意図的であったのだと気づく。

なるほど、そういうことだったか。
これは起きて見る「アレ」だ。
「アレ」を映画として見事に再現している。
起きて「アレ」が見れるなんて、夢みたいな話じゃないか!?
これ、ずっと見たかったヤツだ。
そうすると前半の眠気をひたすら誘ってくる作りに説明がつく。
そして断片的に散りばめられたキーワードが、
ふたたびここで現れてくる。
知ってる。この感覚。今朝も起きたときに同じ体験をした。
何という映画、何という映画体験なんだ。

惜しまれるのは2D版を見てしまったことだ。
どれほど体験として変わるかは別として、これは3Dで見るべきだった。
いずれにしてもすごいものを見た。

ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ(2018年)
地球最后的夜晚/Long Day's Journey into Night
製作国:フランス中国/ 上映時間:138分
監督 ビー・ガン
出演者 タン・ウェイ ホアン・ジェ シルヴィア・チャン


「ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方」

ずっと映画館に行けない日が続いて、久々に映画館で観た映画。
ゆえに個人的に忘れられない作品になった。
2カ月以上ぶりの映画館での鑑賞。
映画館で映画を見てるってだけで感動の波が押し寄せてきた。
とにかく美しい映画で、見てるだけで癒されるのだけど、
このタイミングで見たのが必然だったかもと思える内容の映画だった。

アメリカのある夫婦が“究極の農場”を作るドキュメンタリー。

保健所から引き取ってきた犬の鳴き声がうるさいと近所から苦情がきて、
都会でこの犬と暮らすのは不可能だと分かり、
かねてよりの夢だった「農場を作る」ことを実現しようと
何もない田舎の広大な土地に引っ越した夫婦。
そこで自然の循環を使った農法をゼロから作り上げていく8年の記録。
そのプロセスは地球を新たに生み出すプロセスのようでもあって、
自然に存在するものに無駄なものは
何一つないということを教えられる映画だった。

とにかく次から次にトラブルや困難に見舞われる。
害虫が発生したり、コヨーテがニワトリを食べあさったり、
嵐が来たり、山火事が起きたり、本当に過酷な日々がつづく。
そんなトラブルが起きたとき、
その場の感情や目先の利益だけを優先させて人が手を加えると
別の所でそれが原因で次々問題が拡大していく。
しかしそれを自然に任せて循環させるとトラブルが時間をかけて、
ゆっくり良い方に回り出して勝手に回復していく。
トラブルや災害さえも自然の循環には必要なプロセスになりうる。

これ、あらゆることにあてはまるように感じた。
焦って障害を排除しようとすると問題が大きくなる。
まず観察して、何が起きてるのかを見極める。
それからゆっくり順応していく。
そして排除するのではなく、共存していく。
そうすると循環していく。

なんだか、いま必要なことが詰まった映画に感じられた。
このタイミングでこの映画を見たことに意味がある気がする。
最後はわけもわからずにわんわん泣いていた。

ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方(2018年)
he Biggest Little Farm
製作国:アメリカ / 上映時間:91分
監督 ジョン・チェスター
出演者 ジョン・チェスター モリー・チェスター


「冬時間のパリ」

なんかいけすかないタイトルだ。
「冬時間」で「パリ」だ。
勝手にシャレてやがれ!ってスルーしようかと思ってたんだけど、
たまたま時間が合ったのと、
「パリの出版業界を舞台にした〈本、人生、愛〉をテーマに」というコピーに、
一応その界隈にいる者としてひかれるものがあったので見てみた。

軽い恋愛映画を見る気持ちで見たのだけど、すごく後悔した。
そんな単純な映画ではなかった。

一見すると、いかにもおフランスな恋愛映画で、
パリで、オシャレで、不倫してて、
編集者がいて、作家がいて、皮肉が飛び交って、
確かにそういう映画だ。

ただ、映画の根底には目に見えない巨大な不安というか、
これから訪れる未来への恐怖がたたずんでいた。

映画の舞台である出版界がまさに今向かっている、
先の見えない、いわば絶滅に向かっている道中の
あらがいがたい虚しさと無力感が漂っているのだ。

紙の時代は終わって電子の時代が来るのか?
みんなが口を揃え言う「今は転換期だから」。
しかし明確な未来の姿がどこにもない。

一見敏腕に見える編集者ですら完全に道に迷っている。
メディアの崩壊を目の前にして、
いかにも格好いいことを言ってその場をやり過ごすしかない。

滅亡へのカウントダウンが進む中で、
本を書いて、出版して、皮肉を言い合って、
変わりゆく時代を横目にメシ食って、ワイン飲んで、
しゃべって、セックスして、信頼して、裏切って、
かくも無力な…ある意味、世界の終わりを生きる人々の映画だった。

あとで監督を見たら「パーソナルショッパー」の監督だった。
あれもセレブの代わりに買い物をする女性の話に見せかけた心霊映画だった。
なるほど、一筋縄でいかない映画であることに納得した。
思わぬ拾い物だった。
食わず嫌いしなくてよかった。

冬時間のパリ(2018年)
Doubles vies/Non-Fiction
製作国:フランス / 上映時間:108分
監督 オリヴィエ・アサイヤス
出演者 ジュリエット・ビノシュ ギヨーム・カネ ヴァンサン・マケーニュ


「ポップスター」

この監督の前作「シークレット・オブ・モンスター」が、
やがて独裁者になる男の少年時代を描いた不気味な映画で、
何も起きないのにじわじわ怖くて、
けっこう好きだったので本作も期待して見た。

この映画もじわじわくる、やはり恐ろしい映画だった。

学校で起きた銃乱射事件から生き延びた少女が、
その追悼式で歌った曲をきっかけに
文字通りポップスターになっていく話なのだが、
とにかく画面が不気味なほど暗い。

そして寓話のごとく語られる章立て構成とナレーション。
銃乱射事件の被害者である主人公に感情移入させない絶妙な距離感。

人生で最悪の経験をしたことが、
彼女にとってはある意味ギフトとなるわけだが、
人気が上がると共に、酒に溺れ、スキャンダルにまみれ、
人生はボロボロになっていく。
これは実在のスターを描いた映画「ジュディ 虹の彼方に」や
ドキュメンタリー映画「ホイットニー」「AMY・エイミー」にも通じる
スターの人生は常に不幸だというものに通じる話だ。

スターというものが何を背負って、何を成しているのか…
この映画は偶像化され、宗教化する「スター」という存在が、
とてつもなく恐ろしいものになるかもしれないという予感を漂わせている。

なるほど首に受けた銃弾は、
彼女にとってのギフトでもあり聖痕でもある。
事件を生き残った主人公が病院へ運ばれる冒頭のシーンで
エンドクレジットが始まるのは、
あそこで彼女の人としての人生が終わったからなのだろう。
そこで何が起きたかは、後半で実際にセリフで語られる。
契約が交わされたのだ。
そして最後に画面に映される得体の知れないアレ。
表面上で描かれていること以上に暗黒に染まった映画だった。

ポップスター(2018年)
Vox Lux
製作国:アメリカ / 上映時間:110分
監督 ブラディ・コーベット
出演者 ナタリー・ポートマン ジュード・ロウ ステイシー・マーティン


「ナイチンゲール」

まるで地獄をのぞいているような映画だった。
舞台は19世紀のオーストラリア。
英国軍の将校に暴行を受け、
夫と赤ん坊を目の前で殺されたアイルランド人の女性が、
アボリジニの青年を道案内に雇って復讐の旅に出る話。

全てを奪われた女性が復讐する映画、
最近だと「ライリー・ノース 復讐の女神」とか、
少し前だとジョディ・フォスターの「ブレイブ ワン」とかあったけど、
この映画はいわゆるそういう映画とはちょっと違う。
もっと生々しくて、もっと現実的だ。

虫ずが走るような人間のイヤな面をこれでもかと見せつけてくる。
そこに描かれる唯一の希望は、
道案内として雇ったアボリジニの青年と彼女との心の交流だ。
全てを奪われた彼女は、実は自分も誰かを蔑む人間で、
無自覚にも奪う側の人間でもあったことに気づき、
己に向きあうことになる。
一度、離ればなれになった2人が、
再び出会って初めて横並びで歩く対等の立場になったとき、
道で出会う二組の人たち。
そこで身の毛もよだつ最悪の恐怖と、
ほんの少しの優しさを味わうのだが、
この優しさで感情が最高潮に達して、涙、涙だった。

物語はきちんと決着を見せてくれるが、
分かりやすい復讐の物語にはなっていない。
彼女にとっての復讐の旅が意味を変えてしまうからだ。
最後の余韻には優しさが少し残る。しかし世界は不条理だ。

ナイチンゲール(2019年)
The Nightingale
製作国:オーストラリア / 上映時間:136分
監督 ジェニファー・ケント
出演者 アイスリング・フランシオシ サム・クラフリン バイカリ・ガナンバル


「AKIRA」4Kリマスター IMAX版

公開時には劇場でも見たし、
最近久々にNETFLIXでも見たし、
何ならもう穴が空くほどビデオでもDVDでも見たし、
IMAXって言っても、AKIRAはアキラだしな〜って思ってたんだけど、
なんか、すごく良い評判ばかりが聞こえてくるので、
これは終わる前に見ておくかと、半分気乗りしないで行ってきたのだが…

な、なんじゃこりゃ。

開始2分もしないうちに、ハートをぶち抜かれた。
ぎょえーーーーーー!こりゃー別物だ。
もうね、巨大な黒い円の中に
ドーーーーンってタイトルが出た瞬間のゾクっとくる感じ、
あれ見ただけで2400円分、元が取れた!!!
なんだろう、この圧倒的説得力は。
デザインとして完璧すぎる。
もうそこでハートつかまれっちゃってるのもあって、
最後まで「とんでもないものを見てる感」しかなかった。
何度も見てるのに、すごいしか感想が出てこない。

まだ「AKIRA」を見たことないっていう初体験な人はもちろん、
(そんなのうらやましすぎる!!)
テレビ画面でしか見たことないとか、
公開時に映画館で観たきりとか、
最近のアニメファンにも、
そしてBL好きの人にも、
とにかく全人類におすすめな映画体験だった。

アキラ AKIRA(1988年)
製作国:日本 / 上映時間:124分
監督 大友克洋
出演者 岩田光央 佐々木望 玄田哲章


「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」

この映画、何がすごいって、
2時間ちょっとの上映時間の中に若草物語と
作者のオルコットの話まで織り込んで、
さらに時系列までバラバラにしているのに、
そのものすごい情報量が見事に整理されているところだ。
名場面の洪水のような展開なのに、
しかしそれがしっかり絵になっていて、
美しくて、楽しくて、切なくて、
すごいスピードで語られつつも、しっかり情緒がある。
かつてあった幸せな光景と、光を失いつつある現在が、
同時に進行していく構成が実に見事だ。
で、ラストにはまさかの展開が待っている。
こんなやり方があったとは…。
物語を女性にとってのお金と自由という現代的なテーマに語り直した上に、
物語というものの本質をすっと絡めてくる展開の妙。
とにかくすごい映画でした。
なんか、もう涙しか流れなかったです。
気持ちいい涙。
ていうか実は開始5分でもう泣いてました。

ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語(2019年)
Little Women
製作国:アメリカ / 上映時間:135分
監督 グレタ・ガーウィグ
出演者 シアーシャ・ローナン エマ・ワトソン フローレンス・ピュー


「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

マジか!?ほんとにできたのか!?

正直見るまで信じられなかったのだけど、本当にできてた。
構想から30年、幾多の困難を乗り越え、呪われた映画がついに完成した。

この映画の撮影が頓挫した顛末を描いたドキュメンタリー
「ロスト・イン・ラマンチャ」が2001年の公開で、
それからだけでも20年近く経っている。

言わば執念の一作。
「完成」させるために予算や規模を縮小させて
当初のプランとは大きく変えた設定になっているのだろうけど、
そのことが逆に映画に多重的な構造と厚みを与えていると思った。

派手さはなかったけど、
一体どこに連れて行かれるのかわからない迷宮のような作品だった。
かつて自分が生み出した幻影が、実態として今もまだ残っていて、
それに囚われて飲みこまれてしまう男の話…。

なんだかこの映画の完成までのプロセスを
メタ的に描いているかのような映画だった。
作品完成までのプロセスもふくめて楽しめる、
なんともおかしな映画だ。
30年近くかけた企画だけど、
実際の撮影期間は3週間だったというのも、
何だか「らしい」なと思った。

テリー・ギリアムのドン・キホーテ(2018年)
The Man Who Killed Don Quixote
製作国:イギリススペインポルトガル / 上映時間:133分
監督 テリー・ギリアム
出演者 アダム・ドライバー ジョナサン・プライス ステラン・スカルスガルド


「37セカンズ」

のっけから完全にやられる。
自分では入浴すら一人でできない
手足が動かない障がいを持った主人公の日常描写なのだけど、
ここでの家のつくり、母との会話のやりとり、家に置かれた人形、
余計な状況説明は一切しないで、
主人公の境遇と生き苦しい状況を一気に理解させてしまう。

もうここで完全に心をつかまかれる。
見事なファーストシーンだ。
ファーストシーンがいい映画にハズレなしだ。

そして主演の佳山明の存在の圧倒的説得力。
実際に障がいを持った女性がその役を演じる。
この映画は彼女の存在が全てと言っていい。
演技未経験だった彼女の自信のなさそうな表情や、
かぼそい声が、物語が進むにつれて表情が変わっていって、
声もしっかり大きくなっていく。
まるで彼女の成長を記録したドキュメンタリー映画のようだ。
それを引き出して映像におさめていることのすごさ。
これこそまさに映画の力だろう。

障がい者が主役の映画でテーマは性と生。
重そう…なのだけど、全然そんな映画じゃない。
暗く描きがちなテーマを、ポップで軽快に美しく描いている。
なんとも革新的な映画だった。

37セカンズ(2019年)
37 Seconds
製作国:アメリカ日本 / 上映時間:115分
監督 HIKARI
出演者 佳山明 神野三鈴 大東駿介 渡辺真起子


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