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気がついたら7年続いていた

気がついたら7年、毎日続いてた。

ブログの更新。

なんとなく「毎日、書いてみるかー」って始めたのが2016年1月18日だった。
本当に目的とか何も考えてなかった。

その日のブログ、こんなの。

やる気のかけらもない。
でも、このくらいなら続けられるかな…
って、そんくらいの気分で始めた。

翌日も…

数日経っても…

映画のポスターとか映画館のグッズの棚とかテレビ画面とか、どうでもいいようなものを投稿している。

3週間続けると人生が変わるという本があった。

他の本にも書いてあった。
21日の法則というのが存在しているらしい。
21日続けると人生が変わるそうだ。

さて、このブログを3週間続けるとどうなるか。

3週間後、2月2日のブログ。

特に何も変わっていない…。
1日目に撮った写真の映画を見ている。
人生は変わってないけど、1日目の伏線の回収はできたようだ。

さて、もう一つの説。
習慣化66日説。
66日で、人生に大きな変化が起きるという。

66日後、どうなっているか…

特に何も変わっていない。

ただ、今こうして見直すと、2ヶ月を過ぎたあたりから、少しずつ変化が起き始める。

写真を楽しみ始めている。
そして文章をしっかり書くようになっている。
66日かどうかはともかく、3ヶ月経った頃、どうやらそのあたりで何か小さな変化が起きてくるようだ。

そして半年後。

始めた頃に比べて、明らかに変わっている。

そして8月に写真展が始まる。

2004年から、1年に1回、毎年、新宿ゴールデン街で写真展をやっている。
この年は13回目の写真展だった。

これがけっこう大変で…
毎年写真展前は仕事と同時進行のとんでもない状態で準備に追われて、思い通りの展示ができなかったりしていたんだけど、この年は違っていた。

毎日ブログで発表していた写真から展示作品をセレクトした。
つまり事前の準備がしっかりできていた。

このとき、心底実感した。
毎日向き合うと写真の質が変わる。
ブログのために毎日15分くらい写真に向き合う時間を作ることで、明らかに写真への向き合い方が変わっているのを感じた。
初めて納得のいく展示ができた気がした。

そしてブログを始めて1年経った。

もう1年続いたから、続けることを意識することはやめようと思った。
正直、かなり毎日面倒だった。
だいたい、文章を書くのが苦手だし、好きじゃないし、毎日書くのは憂鬱でしかない。ブログ更新は毎日ものすごく負担だった。

写真だけにしてインスタに切り替えるか…。
ただ、1年続けると、やめるのが惜しくなる。
いい意味でのサンクスコスト効果。

結局、続けた。

はじめて2年経った。
もう続けたかどうか意識してない。

3年目

そして4年経った

4年続いた。
「続けられる」ことはわかった。
この頃、何となく「次に行こう」と思った。

もう少しちゃんと何かを書こう。
何かきちんとテーマを決めて、「伝える」文章を書いてみようかな。
そういう変化が自分の中で起きた。

書くことは好きじゃなかったのに。

そう思って始めたのがnoteだった。

5月に一回目のnoteを投稿した。
さすがにこの量を毎日書くのは無理だと思ったので、週に1回書くと決めた。
1年は、このくらいの熱量でやると決めた。

これが、もう、本当に大変で、文字通り死ぬほど大変だった。
夜眠れなくなったり、精神的にも体力的にも削られて、ボロボロになりながら、週に一回きちんと文章に向き合い続けた。
本当にキツい1年だった。

noteという巨大なストレスがのしかかってきたことで、また違う変化が起きた。

毎日続けているブログが圧倒的に楽になった。
負担をそれほど感じなくなった。

noteという大きすぎる負荷がかかったことで、もともとの負荷が空気に変わった。
孫悟空が100倍重力で修行をしたあとみたいな感じだ。

そして、書くことは相変わらず苦手だけど、吐き出すように書くことで、書くこと自体をそれなりに楽しめるようになってきた。
noteを書きながら愚痴を書き殴ったりしていた。

朝4時に起きてこの記事を書いていた日曜日のブログ


始めた時は何も考えていなかったけど、続けていくうちに、自分なりのルールができてきた。
やりながら、少しずつやり方を考えて、変えていった。

まず劇場で見た映画の感想は全部書くようになった。
「●●」を見た。
という書き出しで始めているものは映画館で見てきた映画の感想。

最初のうちは短いメモだったんだけど

続けるうちにそれなりの熱量で書くようになった。
そして、毎日投稿する写真のテーマを見た映画のイメージに近づけることにした。
人には全然分からないと思うけど、自分の中ではそれなりに映画のイメージで写真を選んでいる。下の写真は「ドラゴンクエスト」の映画についてのブログなのけど、全然わからないですよね…。自分でも説明が難しい。ざっくり書くとドラクエ4のテレビCMとドラクエ5の戦闘画面と92年の夏の日の風景をミックスしたようなイメージです。ほらわからない。

文章の長さもときどき勢いが余ってこうなる。

そして、21年の「映画大好きポンポさん」から映画の予告編のリンクを貼るようにした。

これは単にどんな作品か自分で思い出しやすくするために始めたんだけど、この日から、何か記事に関連した情報のリンクを必ず入れるというルールを自分で決めてしまって、毎日何か必ず書いたことに関連するリンクを貼っている。
何の意味があるのかは自分でもよくわからない。
小さな変化を加えて楽しんでいる。

考えてみたら、少しずつ自分で小さく負荷をかけ続けてたんだな。

そうやって毎日休まずに投稿し続けて、7年。
7年経ったの?ああ、そうだっけってくらい普通。
noteに書くテーマを考えるまで続けてたことすら忘れてた。

記念すべき7年目の投稿。

月刊アーカイブを見ると、続けようって思うまで本当にいい加減な更新頻度だったのが分かる。始める前の年は18回しか更新してない。
毎日やると決めて変わった。

さて、結論めいたことを書こうと思うけど、言えることがあるとすれば、「目的なんて特にいらない」ってことだと思う。

別にどうしたいか、何を目的にするか、なんて何も考えずにただ「毎日、ブログやってみよう」って始めた。
本当に理由は「何となく」だ。

まずは、小さく始めた。
本当にどうでもいいような写真を1枚。
そこからずっとそんなどうでもいいようなことを続けた。
どうでもいいようなことを3ヶ月続けたら、少しずつ変化が起きた。
何となく撮っていた写真にこだわるようになった。
そしてどうでもいいように1行だけそえていた文章をしっかり書くようになった。
もともと文章を書くのは苦手だし、好きじゃない。
でも言葉を出し続けていくうちに自分の中にあることをきちんとテーマを決めて伝える文章を書こうという気になった。
そしてnoteを始めた。
「noteは伝える場」「はてなのブログは書き残す場」という自分なりの線引きができた。

目的も何もまったく何もなかったけど、7年経ったら変わってた。
ただ続けることで何かが確実に変わる。
これはたぶん本当だ。
そこに意味とか目的とかってそれほど必要じゃない。
そんなものはやりながら考えればいい。

もとのスペックが低いので7年でこの程度しか変わってないし、人生が激減します!なんて、大きな事は言えないけど、人は少しずつでも何かを続ければ確実に変わる、それは確かだ。

そこに何の意味があるのか、何か得したのかとか、どうでもいい。
意味があるかどうかわからないことをコツコツやってみる。
そのことで小さな変化を楽しむ。
それで充分だと思う。
もしかしたらこの後、大きな変化が起きるかもしれないし、起きないかもしれない。

以前より楽になったとはいえ文章を書くのは相変わらず苦手だ。
大変でキツくて面倒くさくて、別にそれでお金をもらえるわけでもない。
でもだからこそ続けてるんだろうなと思う。
苦手に向き合いながら、少しずつ苦手を解消していく。
大変さの先にはけっこう良い景色が広がっているような気がする。

いま、ちょうどその入り口くらいには立てたような気がするな。

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