見出し画像

【悪人はいない】映画『ウェンディ&ルーシー』感想【ただ世界は不寛容だ】

仕事を探しにアラスカへ向かう最中のウェンディは、立ち寄った町で車が故障してしまう。足止めされ資金も少ないウィンディはスーパーで万引きをするが、店員に見つかり警察に捕まってしまう。長時間の拘留から釈放されたウェンディだったが、今度は愛犬のルーシーとはぐれてしまう。ルーシーを必死で探すウェンディだったが…

『ウェンディ&ルーシー』はケリー・ライカート監督によって2008年に製作された作品だ。『マリリン 7日間の恋』、『テイク・ディス・ワルツ』のミシェル・ウィリアムズが主演をつとめている。

以前、ケリー・ライカート監督の特集したが一番好きだったのが本作。久しぶりに見返したが、やはり好きな作品だったので改めて感想を述べておきたい。

※ちなみに『ウェンディ&ルーシー』は配信ならU-NEXT、Amazon Primeで鑑賞可能。

2008年製作/80分/アメリカ

【感想】

ウェンディは仕事を求めアラスカへ向かう最中だ。劇中のやり取りからウェンディが季節労働者で、住まいを持たず車で生活している「ノマド」であることが分かる。ノマドを描いた作品というとクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』を思い浮かべる人も多いだろうが、本作のノマドに対する描き方は大きく異なっている。

『ノマドランド』はノマドを混沌の時代を生きる旅人として捉え、詩情あふれる映像で撮られた美しい映画だ。クロエ・ジャオ監督の作風か、社会的要素は薄くファンタジックな趣さえ感じられる。

対して、本作で描かれるノマドの姿は現実と地続きだ。ウェンディの状況は切実で、お金が無いことで車を手放さなければいけなくなり、愛犬の捜索依頼を出すときも定住地がないことで登録にもひと苦労する。

『ノマドランド』がノマドを前向きかつ美しく描いた作品だとするなら、本作はノマドの現実的で厳しさを描いた作品だといえる。『ノマドランド』を鑑賞した方は是非『ウェンディ&ルーシー』も観て欲しい。両作品の対になっているような関係性が面白い。

監督のケリー・ライカートは、これまでの作品でもアメリカに住む市井の人々を主人公に作品を撮ってきた。そうした作品からは主人公を通じてアメリカの社会的背景を感じることができた。今作のウェンデイを取り巻く人々から感じたのは「貧困に苦しむ人々と寛容ではない社会」の姿だ。

劇中に悪人は登場しない。ただ、世間は弱者には冷たい。誰もが社会のルールに縛られ他人への余裕がないように見える。間違ってはいないが、そこに優しさは感じられない。こうした状況は今の日本も同じことがいえると思う。人は自分の権利に敏感になり、他人の行動には人一倍厳しくなった。

そんな世知辛い世の中だからこそ、男性警備員のある行動が胸に沁みる。結局のところ、人を救うのはほんの一握りの人情だったり思いやりなのかもしれない。やり切れないことが多いが、こういう優しさがあるからこそ世の中捨てたもんじゃない、そう思わせてくれる素敵な場面だ。本作は観てて辛くなる場面も多いが、この場面からは陽だまりに触れたような温かさを感じた。

そして、本作はミシェル・ウィリアムズの演技が素晴らしい作品でもある。ウェンディはいつも不安気で追い詰められているような表情をしている。状況が状況だけにそんな顔になるしかないかもしれないが、ミシェル・ウィリアムズの表情作りや行き場のない佇まいが素晴らしい。

青いパーカーを羽織ったボーイッシュな格好もどこか未熟さを感じさせてウェンディというキャラクターにハマっている。車のボンネットで膝を抱えて腰を掛けてる姿は一枚画のように印象的だった。『テイク・ディス・ワルツ』のマーゴを演じた時もそうだったが、ミシャルは人生を模索する女性の役がハマっている。

正直、本作を観るまでミシェルをそこまで意識してなかったけど、この作品で一気にファンになった。ケリー・ライカート監督との相性もバッチリらしく、本作の後の『ミークス・カットオフ』、『Showing Up(原題)』でも主演をつとめている。

ということで、ケリー・ライカート監督に改めて惚れ直したのだが、それにしても『First Cow』の公開はいつになるのだろう?日本の配給会社が買い取ったことは知っているが、ずっと待っているのだけど…

DMMでレンタルしたけど、ディスクの可愛さにやられた!こういう装飾が凝ってるのは嬉しいね。


この記事が参加している募集

映画感想文

読んでいただきありがとうございます。 参考になりましたら、「良いね」して頂けると励みになります。