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癖になる


あの人が好きだと言っていたグリーンカレーを1人お店で食べている。

休日にもなると、お洒落に色づいた多くの若者たちが、

これまたお洒落な古着を物色しに下北沢という場所にひしめき合うのだが、

下北沢駅から徒歩5分ほどのこのタイ料理屋に、若者の姿は一切なかった。

それどころか、ランチタイムの稼ぎどきにも関わらず、

変な装飾ばかり施された薄暗い店内には、私と、夏でもないのに額に薄ら汗をかいてる小太りの中年男性の2人しかお客の姿はなかった。

ここは本当に下北沢なのか。

普段タイ料理など食べたことのない私は、とりあえず駅から一番近いという理由で、この店に入った。

扉を開けただけで下北沢から異世界へとこんな簡単に旅立ててしまうなんて、私は今日まで知らなかった。

店内の匂いも独特で、サービスで出てきたお茶も、日本茶では感じることのない癖の強い味がした。

初めて目にしたグリーンカレーは、本当にグリーンだった。

私が今まで食べてきたカレーと、今、自分の目の前にあるグリーンのものが、同じカレーというジャンルであることが不思議に思えて仕方がなかった。

全然カレーっぽくない見た目のグリーンカレーという食べ物を、カレーとして扱うのならば、ハヤシライスやビーフシチューだってカレーとして扱っていいのではないか、と初めて口にしたグリーンカレーの味に戸惑いながら思った。

甘い、と思ったら辛い。

サラッとしてると思ったのに、結構油っぽい味だ。


あの人が好きだと言っていたグリーンカレーに興味が湧いて食べにきたは良いものの、想像していた味と全然違くて戸惑ってしまった。

「タイ米とめっちゃ合うんだよ。俺、ココナッツ味とか大好きだし、本当に癖になちゃって、週3ぐらいでグリーンカレー食べに行ってる。そのうち自分の家で作り始めるかもしんないくらい好き」

大学の授業の空きコマの時間だった。

夕方だったので私もあの人も少し小腹が空いていて、最近ハマっている食べ物の話で妙に盛り上がったのだ。大したことない、そんな会話ですら、私はとても幸せを感じた。

そして彼が夢中になっているものを、自分自身の舌で味わってみたいと猛烈に思ったのだ。

音楽の話とスケボの話、そして代官山の、お洒落な今っぽいカフェで働いている他大学の可愛い女の子の話をしている時の彼の顔は、音楽にもスケボにも彼女にも嫉妬してしまうほど良い顔をしている。

良い顔をしている時の彼の目の中に、私が映ることはないと知っているからだろうか。

グリーンカレーは何が何でも食べてみたいと思ったのだ。


段々と舌が異国の味であるグリーンカレーに慣れてきて、グリーンカレーを口に運ぶたび、彼と話した空きコマのあの時間の光景が目に浮かんだ。

「エスニック料理って食べたことないかも、そもそもあんまり興味持ったことないわ」

私がそう言うと

「え、まじで。人生損してるよ!

あ、そうそう、この前気になってる女の子の話したじゃん?

ついに連絡先ゲットできたんだよ!

で、今度2人で遊びに行くことになってさ、その子もタイ料理が好きで、グリーンカレーにハマってるって言ったら超話が盛り上がってさ!」

と彼はめちゃくちゃ良い顔で笑った。


勝手に脳裏に浮かんでくるあの光景を、あの表情を、消し去るように無我夢中でグリーンカレーを掻き込んだ。

食べ終えて少し、汗をかいていた。

甘かったのか辛かったのか、なんかもう、よくわかんなかった。


グリーンカレーを完食したにも関わらず、私の脳裏にはあなたのあの、良い顔だけが残っていて、心をきゅうっと締め付けた。

グリーンカレーが癖になるなんて嘘じゃないか。

気持ちは何も紛れなかった。


ただただ膨れた想いとお腹を背負って、下北沢を後にした。






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スゥキ
4
絵を描いたり言葉を並べたり。地に足が着いてない24歳の無職。笑顔だけは可愛い私の、明日はどっち。
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