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4.17 行くも地獄、行かぬも地獄~東京

いまは東京、蔵前に投宿している。東京は広島以上に外国人観光客でいっぱいだ。帰る家がないことも含め、すでにストレンジャー気分、異国を旅しているような気になるが、ここはまだ日本。出発は明日、日本最後の夜である。

明日はロングフライトになるので早く寝たいところだが、ありがたいことにいろんな人からの「いよいよ明日出発ですね!」的なLINEがばんばん届く。それに返信してると、書くって言ったんだからnote書いとかなきゃまずくね?という心の頃が聞こえてくる。ああ、寝たい。でも何か期待されてるような気がする。そうなるとつい何かやってしまうのが私のサガだ。ちょっと急ぎ足になるが、東京での出来事を残しておこう。


東京は、散々だった。何が? 私がだ。私はいま世界で指折りの散々な男である。

東京に来たのはフライトが成田発だからである。東京には10年前まで暮らしていたので、せっかくなら旧知の方々に挨拶して出発しようと思い立った。そして何人かの方が来てくれたのだが、旧知だからして容赦がない。

「え、その格好で行くの?」
「そんな薄着で大丈夫!?」
「そもそも清水くんクリスチャンだっけ?」
「パリのデモとかどうなってるの?」

ふふふ、みんな俺の勇気ある行動に嫉妬してケチつけてんだな。男は黙って背中で魅せる。吠える犬はみっともないのぉ――としばし高飛車な気分で余裕をかましていたものの、一斉射撃のような異論反論オブジェクションに次第に私は笑えなくなっていく。

え、その「Google翻訳」の写真機能なに? かざすとすぐに翻訳してくれるの? アプリ「camino」? 知らんよ。なにそれ? 宿情報も出てるんだ……はい、今すぐ入れます。

何かおかしなことが起こっていた。スペイン・サンティアゴ巡礼に行くのは私のはずなのに、なぜかみな私よりかの地の知識も旅スキルも豊富なのだ。というか私の知らないことばかり知っているのだ。

目の前でスマホをいじっていたNさんが言う。

「清水くん、ピレネーやばいよ! 最高気温15度。なだれに注意って書いてあるよ。ポンチョが300均? 防寒着、長袖だけ? 明日絶対好日山荘行って雨具とかちゃんと揃えた方がいいって」

一応自分なりに準備してきたつもりが、準備の足元にも及んでいなかったという事実。俺はあほで無知無能なのか? うすうす感じていたが、このまま行くと無防備に雪山突っ込んで遭難する人一直線で、私はいい歳して世間知らずのとっちゃんボーヤそのまんまだった。

そのとき撮られた写真を見ると、まじ笑えるというか、私は完全に心が折れている。まわりからの集中砲火(という名の注意勧告)にほんとその場で耳をふさいで、居酒屋から逃げ出したかったもんなぁ。

そして昨日今日でと、私は変わった。いや、変わったのは私ではない。私の荷物が変わった。

ある友人は私を100均にひきずりって行き、ソーイングセットとワセリンを買わせた。ある人はジップロックを私に渡し、衣類やタオルを真空パックするよう命じた。ある人は使わない上着と膝サポーターを貸してくれた。ある人は私が持ってきたティッシュペーパーをトイレットペーパーに差し替えた。ある人は道中のアルベルゲ(宿)におけるトコジラミの恐怖をさんざん語り、マツモトキヨシを指さした。円はユーロになり、バックパックは街中では前で持つよう躾けられ、「足にマメを作らないため時々クツを脱いで乾かすことを誓います!」と路上で連呼させられた。

ということで、たった2日前、広島から東京に来たときに比較して、私の荷物は見違えた。友人たちのアドバイスやリソースを根こそぎ頂戴して、「これでなんとか戦える陣容が揃ったな……」などと髭をもてあそんでる場合じゃねえだろばかやろう。


出国前だから告白するが、これまで私は恥ずかしながら自分が賢い側の人間だと思っていた。

それなりに高学歴だし、本も出してるし、時には先生なんて呼ばれたりするし、まあ一応文化人枠?みたいな感じで。

でもそのぼんやりした仮面をはがしてみれば、私はなんとも使えない、無用のおじさんでしかなかった。アプリもSIMロックもわからない。海外の事情もお金の両替法も知らない。私はただ夢想的に、頭でっかちに「巡礼ええのぉ~」「行ったらかっこええじゃろうの~」と思うだけで、現実的な準備や対策はまるで欠落していた。アラートの感覚も、押さえるべきポイントも頓珍漢で軸がずれている。これまであまり見ないようにしていたが、自分が根本的なところで何かが途方もなくズレている人間だということは、もはや受け入れざるを得ない事実かもしれない。


明日出発だというのに、私は何を書いているのだろう。

準備品などを確かめるついでに、友人たちがサンティアゴ巡礼をした人たちの旅ブログを私にいくつか見せてくれたが、それは「ああ、旅紀行ってこんな感じだよね!」と目からうろこが落ちるようなものばかりだった。

じゃあ、これはいったい何になるんだろう?

本来は2回目の今日、「この旅は生死を見つめるミドルエイジクライシスの果ての巡礼なのだ」的なくそ真面目な下書きを書いていたが、自分のていたらくがあんまりなので恥ずかしくなってお蔵入りにした。

本当に私は明日、旅に出るのだろうか?


東京・蔵前AM2:00。

行くも地獄、行かぬも地獄という剣が峰の上で私の心は揺れている…… ← とかっこよさげに〆るより早く寝ろよ俺。そういうとこな。


さて、今日の一曲――
って、ほんと「noteの最後に曲とか貼ったらラジオみたいで面白いじゃーん」じゃねえよ! 気にるとこ、完全にそこじゃない。いい気になるとこ、それじゃない。笑えるFOOLと笑えないFOOL、その線引きはどこにあるのか。





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