いい話:地下謎⑧

 ◆夜の葬列

 あっという間に問題を解いた剣技マナ氏に、僕たちは驚きを隠せなかった。
「もう!?」
「早いですよぉ!」
 しかしマナ氏は涼しい顔である。
「いや、この店に入るまでずっと問題を見てたんだけどさ。分かっちった」
 なんと、この店に来る途中ですでに解けてしまったというのだ。
「俺、今日は調子いいな~」
(口惜しいッ!)
 実のところ、今日のイベントでは要所要所でほとんどマナ氏が答えを出している。いっぽう今日の僕は問題とは無関係なオタ話しかしていない。

「ちょっと待ってて下さい。自力で解いてみますから!」
「じゃあ食い終わってこの店を出るまでな」
 圧倒的スピードのマナ氏にはあえて答えを言わないでいてもらう。
 自力で解くことでせめてものプライドを守るのだ。
 大事なのは誰かに勝つことではない。
 自分に勝つことなのだ。

(あ、でもこの問題って……)
 焦燥にかられる脳がフル回転したおかげか、じっと眺めているとうっすらと解法が読めてくる。論理的に導いたというよりは仮定と推測による当て推量だったのだが、それでも解答らしきものを捻り出すことが出来た。
「くろとしろのえんとつのあいだに」
 得られたのはこんなメッセージである。

 ――黒と白の煙突の間に。

 これまでの経験則からいくと、おそらくキットのどこかに「黒と白の煙突」が描かれているのだろう。そう思ってキットをひっくり返していると、僕の隣の浅見氏が、
「あ、これだ」
「確かに黒い煙突っ!」
 なんとバッグの裏に煙突の絵が印刷されている。しかし、その絵は黒い煙突が一本描かれているだけなのだ。白はどこだ。再び僕たちはキットをためつすがめつ観察し始める。
 すると……
「もう俺分かった~」
 なんと視線を向けた先ではLEGIOん氏が、キットを片手に得意げな表情を浮かべているではないか。
(また遅れをとった!)
 実は、この日の二日前にはLEGIOん氏がシナリオを担当なさった「ソーサレス*アライヴ!」が発売されており、DMMのランキングでは週間一位を獲っている。いっぽう僕はもう半年以上作品を発表していない。
(このままではいかん!)
 そんな緊張と危機感がバネとなったのか、キットを凝視する僕の脳裏にきらりと小さく光が灯る。 黒い煙突の絵は、バッグのサイドポケット部分に印刷されているのだ。もしかすると……
「内側に描かれてるじゃん!」
 そうなのだ。ポケットの口を広げて中を覗き見れば、果たして内部には白い煙突が描かれていたのだ!
 さらに、内側に向けて折り返されたポケットの畳みしろの部分に、なにかが挟み込まれているようだ。
(小さな紙切れが入ってるぞ)
 薄い紙切れを取り出してみる。細かく折りたたまれたその印刷物を開いてみると、そこに書かれたるは次なる指示である。
「ええと、今度は渋谷から永田町へ行って……」
「乗り換えて飯田橋か」

 その飯田橋こそが、この「地下謎」の最後の目的地だった。

「うわ、もうすっかり夜だな」
「急に寒くなった感じですね」

 僕たちが飯田橋駅を出た時刻はすでに夕方五時を回っていた。
 冬の空はすでに真っ暗である。飯田橋の街並みもまた宵闇に沈んでおり、ガイドブックの指示で最後の目的地へと赴くプレイヤーたちの姿はさながら葬列の如き沈鬱さを湛えていた。
 どのプレイヤーも恐らくは昼間から肉体と頭脳を酷使してきているのだ。だが、彼らを押し包む淀んだ昏さは、そんな疲労からくるものだけではないだろう。
 みな、終わりが近いことを知っているのだ。

 飯田橋の駅前には餃子の有名店があるらしく、LEGIOん氏と浅見氏はその話題で盛り上がっていた。
(餃子食いてえなあ……)
「あっ、閉まってる!」
「ああ、残念」
 あいにくと日曜は営業しないらしく、大通りの向こうに見えるその店はシャッターが下りていた。
「じゃあ、晩飯は神楽坂かな」
「俺、そういや最近モツ食ってないんだよ」
(モツ食いてえなあ……)
「神楽坂の駅前なら色々あるでしょ」
 すでにこの日は立ったり座ったりでもう六時間が経過しているのだ。
 ずいぶん腹も北山であるし、疲労も蓄積している。
 四人のおっさんは疲労を癒す脂と炭水化物とアルコールを欲していたのだ。

 飯田橋での目的地は「飯田橋ラムラ」という商業ビルだった。
 その一階から二階へ上がる大階段にステンドグラスが嵌められており、その模様を参考にして文字を導き出すらしい。

「これはまたすげえ人だ!」
「ちょっとした営業妨害っすね」
 確認するまでもなくラムラの一階は「地下謎」のプレイヤーでごった返していた。
 折悪しくこのフロアでは陶器市が開かれていて、余計に狭苦しい。長丁場のアトラクションによる疲労でぼんやりしたプレイヤーが食器を落として割ったりはしなかっただろうか。
「とりあえずいったんここ出ようか」
「どんどん人が増えてますしね」
 あまりにも人が多いので、僕たちはステンドグラスの情報だけ回収して、別の場所で答えを出すことにした。(もうお約束のパターンである)
 この時間からどこかの飲食店を探して入るとなれば、もう六時である。完全に夕飯の時間だ。

「せっかくだし、モツ行きましょうよ」
 ついさっき、剣技マナ氏が持ち出したモツの話題である。
「モツね……どっかあるかな」
 食べロガーのLEGIOん氏がすぐさま検索をして下さる。すると駅の向こう側に、3.6の店があるらしい。
「食べログで3.5ならいいんじゃねえ?」
 というわけで、最後の最後の目的地はその店「好ちゃん」に決定した。
 検索したLEGIOん氏はそのまま店に電話。予約を取ってしまった。なんという機動力だろう。ビグロのようだ。
「いいなあモツ。楽しみだねえ」
「そういえば○○の焼肉屋で……」
「むかし■■で食ったホルモンが……」
 おっさんたちの脳味噌はすでに肉のことしか考えられなくなっている。「バニラ」の女の子たちの目が¥マークになっているように、僕たちの目は骨付き肉になっていたはずだ。

「あ、あれですよ」
 その付近では日曜に営業している店が少ないため、好ちゃんの看板はとても目立った。表の看板によると、どうやらホルモン焼きを塩で出しているようだ。
「ホルモンの塩って食べたことないなあ」
「塩ってことは、かなりマジな店なんじゃねえの?」
 雑居ビルの狭い階段を二階に上がっていく。
 踊り場から見上げた先には、如何にも焼肉屋然としたビールケースやら什器やらが積み上げられているのが見える。
(なんだかすごいロケーションの店だ)

 果たして中はどんな店なのだろうか。
 いや、店の雰囲気よりも大事なのは肉である。

 美味いのか、それとも……

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