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都立西高の推薦入試でヒマをつぶすコーナー(2012年度)

僕の母校、都立西高校の推薦入試(作文)の問題文はおそらく都立高校の中で最もテキトー……もといシンプルです。

自分は推薦入試は受けていないのですが、なんとなく文章を書き散らすにあたっては良い題材だなあと思います。600文字・50分という制限があるのもありがたい。

それではいってみましょう~~~

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平成24年度(2012年度)

次のことばについて、あなたが感じたり思ったりすることを六百字以内で述べなさい。(50分)

「単純であることは、究極の洗練である。」
――レオナルド・ダ・ヴィンチ

以下、解答


 世界は常に複雑性を増す方向へと向かっている。整頓した机が散らかるのもノートルダム大聖堂が灰と消えるのも、エントロピー=乱雑さが増大し続けるという大原則の下で現れる事象だ。
 ただしシュレーディンガーの指摘に依れば、唯一、生命だけがその法則に抗い得る。細胞の内部はエントロピーが低いままに維持され(=恒常性)、それゆえに生命活動が持続しうるのだ。内的な複雑性を増大させないこと、即ち単純であり続けることが生命にとっては欠かせない。
 もちろん関係的存在としての人間が「洗練」された動物であるとは言えないだろう。「洗練」されていると述べるには、人間の思考及び行動はあまりに非合理的である。だが、放っておいても外的な複雑性が生じ続けるこの世界において単純性を維持し続ける、その内的な在り方にのみ目を向ければ、ヒトを含むすべての生命は「究極の洗練」を志向しているとは言えないか。
 つまり生命としてのヒトは本来的に単純性を求めている。さらに言えば、単純性を評価するようにできている。ダ・ヴィンチのいわゆる「洗練」なる語が、人間が人間の営為を評価するために用いる形容の一形態に過ぎないことを考えれば、「単純であること」を「究極の洗練」と評価したくなるのはヒトの思考として極めて自然だ。それは「単純」な存在に過ぎない自己への肯定的評価とも響き合う行為であり、同時に、複雑性を孕む世界と対峙するには欠かせないポーズでもあろう。(600字)

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いつかの朝日新聞で見た、福岡伸一氏の連載「動的平衡」を参考にしました。「乱雑さ」を「複雑性」と言い換えてるけど、理論的にOKかどうかは知りません。まあいいでしょ。

たぶん僕の属する67期が推薦で解いたのってこれですよね? 「2012年度の入試」なるものが「2012年に入学する人たちの入試」なのか「2013年に入学する人たちの入試」なのか未だによくわかってないので、間違ってたらすみません。誰か教えてください。中3当時、推薦入試を受けた人々はどんなこと書いたのか気になりますね。

しかしこれ完全に世界一の暇人の所業である。いや全然ヒマじゃないんだけども。人事の靴100万回なめて早く就職先決めたい。

ではまた。

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